私自身は両親や弟たち、かつての親友たちに因果の道理が伝わらない(コップを伏せたかのようなリアクションの)理由を、諸法無我を分かろうとせず四顛倒の妄念に囚われたままだからだと思っていましたが、まさか一切皆苦まで分からないとは思いませんでしたし気づきませんでした😓
・たしかに一時的に、或いは短期的に喜びや幸せを感じる瞬間・そのような経験は私自身にもありますが、
⇒その状況がずっとは続かないことも知っています![]()
★逆に彼らは、自分自身の望まないような状況や結果を受け入れられずに、
⇒なんとしても、ありとあらゆる手段や他人の力を使ってでも、自身の思うような結果を得ようと道(道理)を踏み外してでも進もうとしていましたね![]()
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※そして度し難いその手の人たちにでも、それは間違いなんだよと気付かせ猛省を促し、改めて真理に添って生きようと改心させる為に悪趣があるのではないのかな❓と思いました…
⇒詰まるところ仏教と言う教えは、徹頭徹尾 自分自身の身口意の三業に応じた結果が生じ、その元となる心(意)のあり方が最も重要となるのですから![]()
☆そして、だからこそ彼ら全員に「真理のことば」を手渡したのです。
⇒冒頭部には雙要品の二偈が載っていますし、末尾には七仏通戒偈が載っていますから。
堪忍袋の名前の通り、抑えきれない気持ちのゴミ箱ですから…(;^_^A