旦那様

「美代子、さっきは………その、悪かったね?


あの時は………僕も女性に対して、あんな言動をしたのは悪かったと………。


でもね、あの時はね………」




隼人様が少し赤いお顔をされて、気不味そうに私に謝罪されながら何か私に伝えたい言葉を探っている様子です。



「……はい?」




先程、踏み台の上から落ちそうになった私をささえる為に、隼人様が咄嗟に私を抱き抱えてそのまま支えきれず床に二人で倒れ込んでしまって、隼人様が私の下敷になってしまいました。


私は、使用人がご主人様の上に落ちてご主人様を潰してしまうだなんてとんでもない事をしてしまったと思い、慌てて隼人様の上から退こうとしましたが、隼人様はそのまま私を抱き締めていたいと仰り………隼人様の体が反応しているのが分かってしまいました。


それで、隼人様が私の事を女性として見て来るなんて有り得ないと思っていたので、驚いたのと恥ずかしさでいたたまれなくなり慌ててキッチンに逃げたのでした。


今でも凄く戸惑っております。




旦那様

「………でもね、僕は美代子の事を……」



「あ! あの! 先程は大変失礼しました!」



私はわざと大きな声を出して隼人様に頭を下げ謝罪しました。


本当は、ご主人様がお話されている途中なのに話を遮るのも使用人として失格なのですが、咄嗟に隼人様が今からお話する事を聞いてはいけないと思ったのです。



「使用人がご主人様の上に落ちるだなんてとんでもない事をし出かした上に、私を助けようとして下さった隼人様が倒れたままなのに隼人様をそのまま放置して次の仕事に取り掛かるだなんて……!」


旦那様

「……いや、美代子!そんな事はいいんだよ、それよりも……」


「……本当に申し訳ありませんでした!

どの様な罰もお受けいたします!」






…………………………。





ハァ………。


旦那様

「……僕はそんな事で美代子を罰したりなんてしないよ?


………もうそろそろ真由美を下に連れて来るから、テーブルに食事を用意しておくれ?」



隼人様は暫くしてからひとつ大きくため息をつき、そう言って下さいました。



「………ありがとうございます、隼人様。

直ぐにお食事のご用意をいたします」



隼人様はそのまま私に背を向けて奥様人形の待つ寝室に向かわれました。



………そう、これでいい。


さっきの、倒れてた途中、隼人様が甘い雰囲気を出して来た事も、私を抱き締めながら隼人様のお体が反応してしまった事も気付かなかった、無かった事にしてしまえば全て丸く収まる。


隼人様も聡い方なので私の意図を組んで私に合わせて下さった様ですし、隼人様が合わせて下さっているのならば、先程の出来事はほんの些細な事、無かった事に出来るのならそうした方が良い。



そう思ったのでした。





奥様人形

『フン、相変わらず質素で不味そうな食事ね?美代子が作ったの?』


「奥様申し訳ありません、お作り直しいたしましょうか?」


旦那様

「まぁまぁ真由美、そんな事を言わないで?

僕が食べさせてあげるからその可愛い口を開けておくれ?」


奥様

『……何よ? 貴方、今私が話していたのが聞こえてたの?』


旦那様

「え? 聞こえていたよ?

すまないね、真由美にもっと高級な食材の物を食べさせてあげたかったんだけど、今は何処も不景気で良い食材がなくてね?」


奥様人形

『………おかしいわ……私は美代子にだけ話し掛けたつもりだったのに………最近思うようにならない……どうしてなの?』


旦那様

「何を言っているの? 真由美」


奥様人形

『………何でもないわよ』


旦那様

「………君、真由美と二人きりで食事をしたいから席を外してくれたまえ?」


「かしこまりました。旦那様」




………   ………    …      …。




奥様人形

『………! ………!!』


旦那様

「…………。   ……。……。」




(………奥様人形がまたヒステリーを起こしている。

今度のヒステリーの原因もやっぱり私なんだろうか?)



奥様人形がこの御屋敷に来てからは私が奥様人形に食事の介助をさせていただいていましたけれども、私が奥様人形に攻撃されてからは、旦那様が私に危害が及ばないように食事の時は私の代わりに奥様人形の食事の介助をなさって、私が部屋から出られるよう隼人様が奥様と二人きりになりたいからと言って自然と誘導て下さいます。


最近では旦那様にもヒステリーを起こして八つ当たりする奥様人形に辟易して一緒に居るのが苦痛の様なのに、私を庇う為にあたかも奥様人形と二人きりになりたいと装って私を奥様人形から遠ざけて下さって、本当にお優しい方です………。


隼人様の負担が増して申し訳ないと思いつつもそんな日々が過ぎていきましたが、また少し変化が………





……… ∽回想∽ ………  …    …




旦那様

『美代子? 女性の君にはそんな重い物を持ち上げるのは無理だよ?』



旦那様

『美代子、久しぶりに僕のスーツを新調しようと思うのだけれども見立ててくれるかな?


あぁ、大丈夫、真由美は今お昼寝をしているから暫く起きないよ?


だから街まで僕の買い物に付き合っておくれ?』



旦那様

『美代子、電球の換えくらい僕がするから代わって?』




……… ∽回想∽ ………  …    …





最近、隼人様が積極的に私の仕事を手伝おうとして下さって、その度に私の体に少し触れたり、距離感が近いような気がするのです。




旦那様「美代子……」




ほら、今も………




旦那様

「僕が使った本は自分で片付けるから……その本は高い場所から取ったから戻すのが大変だろう?」



本棚の高い場所に隼人様が使い終わった本を戻そうとして私が背伸びをして本を仕舞おうとしていますが、隼人様が私の間後ろにまるで私を後から抱くようにピタリと付き、その戻そうとしている本を、後ろから手を伸ばして、私の手を一旦包み込む様に上から触って来てから手をずらして本を、私の手から取りました。



「だ……大丈夫ですよ?

ご心配いただかなくとも………」



普通に私から本を受け取るつもりならば、こんなに後ろにピタリとつく必要もないし、本を取る時も私の手に触れないでも良いのでは?



旦那様

「……でも、ここに置いてある本は専門書ばかりで表紙も固く厚いし本も重いから、女性が扱うには扱いにくいし、誤って足の上にでも落としたら怪我をするよ?」



隼人様はそうお話しをされている間も私の後ろに至近距離で立って私の右肩を隼人様の右手で掴んで動こうとしません。真後ろに立っているので、私の耳元で話し掛けられている様な感覚になります。



………これって、本当は隼人様の態度は以前と何ら変わっておられないのに、この前隼人様に私が抱き締められたから、私が隼人様を意識してしまって以前よりも触れて来られている様な、距離感が近くなった様な気がしているだけなのかしら?と悩んでしまいます。


………でも、今だってそのまま私の真後ろに居続ける必要無いわよね?

隼人様はもう私から本を受け取ったのだから………。


私は空気を通して僅かに伝わってくる隼人様の体温を背中で感じながら、密かにそんな事を考えて少し焦ってしまうのでした。



旦那様

「………そういえば美代子?」



隼人様が私の右肩に触れたまま、また私の真後ろから耳元に近い場所でお話をし始めました。



「……はい、何でしょうか?」


旦那様

「……あれから河野とは連絡を取りあってたりデートしたりしているのかな?」


ドキ……

「え!?


い…いえ、デートだなんてとんでもない!


あれからお手紙を貰ったりはしていますけど、私はまだ河野さんとの事を考えられないので交際のお断りの手紙は出しているのですけど……」



河野さんはあの事があってから、東郷家に来るという事はないものの、たまに私に手紙を送って来る様になりました。


内容は毎回、季節の変化や雑談めいた内容から入って、最終的には私をまだ好いているという事、結婚を諦めていないという内容です。


女心としては嬉しい半面、やっぱり隼人様のお傍を離れるという事が出来なくて、やんわりと断る内容で手紙の返事を書いて送っているのですが………それでも手紙を送って来るのです。

遠回しに東郷家で仕事を続けられるのならば交際するのもやぶさかでないと伝えると、河野さんは私に東郷家を出てほしい旨の事を書いてくるのです。



旦那様

「……そうか。


でも、本当にいいの? 河野は僕から見ても有能だし、誠実で絶対美代子を大事にしてくれると思うのに………それに、河野はこの屋敷でも女性達にモテてた位の美男子だし………」



隼人様は私の気持ちを知ってか知らずにか、わざとかの様に私の背中に付くか付かないかの距離感で私の耳に近い距離で私の気持ちを探るように質問して来ます。

無意識なのか、隼人様は私の右肩を掴んでいる手を少し下に動かして私の腕を掴んできました。


「あ……あの、本当に、河野さんとはそういうのではありませんので……」



旦那様

「………そうか。


そういえば、あの痣はすっかりよくなったんだね?良かった。


美代子は色が白いからあの赤い痣が目立って痛々しくて可哀想だったからね」



そう言って、隼人様は私の腕をそっと撫でてきました。



……え? 


やっぱり……隼人様、わざと私を触ってる?


それとも、姉やの腕に付いた痣が消えてホッとして弟感覚で深く考えないで触ってるだけ?



「……心配していただきありがとうございます。

痣はもうすっかり良くなったので大丈夫でございますよ?


やはり隼人様はお小さい頃からお優しい方ですね?


隼人様が5歳の頃に、隼人様がふざけて高い所に登って落ちた時に私が隼人様を受け止めて転んで怪我をした時なんかは『姉やが怪我しちゃった!ごめんなさい!』って泣いて謝って下さって……」



私は、私が隼人様の姉やだという事を再認識してもらえるようわざと昔の事を持ち出してお話しました。


私は男性に慣れていないので、隼人様の態度が本当はどういった意味のものなのか分からずに戸惑って、いたたまれなくなってわざと明るく話し、自然を装いデスクの上の本を取りに移動しました。



旦那様

「………僕なんて優しくないよ………美代子」



隼人様が、先ほどよりは距離はありますけど、移動した私の少し後ろにまた立って来てそんな事を仰います。

私は戸惑いと恥ずかしさから隼人様のお顔が見られませんが、お声の様子から元気が無いのは分かりました。



「……最近では奥様もお昼寝する時間が伸びている様なので、私が奥さまのお世話をさせて頂きますから気晴らしに劇場にでも足を運ばれては?」



私は妙な雰囲気を壊す為に話題を変えました。



旦那様

「!

あ、美代子も気付いていたかい?そうなんだよ、最近真由美は眠る時間が延びていてね?

ここに連れ帰って来た時なんかは早朝に少し眠る位だったのに、最近では半日位眠る時もあるんだ。


で、起きたら起きたで不機嫌でずっと僕をなじって八つ当たりをするか相手をさせりられるかのどちらかで……正直、いくら生前真由美を愛していたといっても辛くてね……」



隼人様はヒステリーばかり起こしている真由美様に辟易しているようです。


………あら?


私は隼人様の微妙な言い回しに違和感を覚えました。



旦那様

「……ねぇ? 美代子、君に聞きたい事があるんだけれども……」



隼人様は暫く考える仕草をしてから意を決して私に質問したという感じで質問してきました。



「………はい?」


旦那様

「………あれは………本当に真由美なんだろうか?」



!?



旦那様

「妻の事を疑うのは本当にいけない事とは思っているんだけど、最初はね?生まれ変わる直前まで真由美も精神的にかなりやられてたから怒りっぽいのは仕方ないと思ってたんだけど、やはり、最近の真由美はどう考えても別人みたいで……」



奥様人形をお迎えしてから盲目的に奥様を愛されていた隼人様が、まさかここにきて私が少し疑問に思っていた事を同じく思っていたとは……?


人形の洗脳が解けてきてる……?



「……あの、隼人様?私ずっとお聞きしたかったのですけど、奥様を作った夢幻霞刹那という人形師は一体どういった人物なのですか?

何が切っ掛けで奥様をお願いする形に?」



私は、この話をするとどうしても奥様を人形扱いする事になるので隼人様に叱られるのが怖くて疑問に思っていても聞けないでいましたが、今は少し隼人さまも冷静なので勇気を出してお聞きしてみました。



旦那様

「………それが……」





ーーー 続きます ーーー