旦那様と真由美様………奥様は、結婚当初から本当に常に一日中一緒に居る程仲がよろしく、何処に行くのにも一緒で御座いました。


隼人様ご自慢のお庭をお散歩なさる時もご一緒、街にお買い物に出掛ける時もご一緒、奥様がお美しくて何でも似合うので、奥さまの服飾品を買う事が多くなッたようですけど、それは奥様がお強請りしたものではなく、奥様は『そんなに沢山服飾品は要らないわ、無駄使いだから。必要な分あれば十分よ』と遠慮なさるんだそうですけど、隼人様が奥様を着飾らせたくて色々買い込んでしまうんだそうです。

まぁ、本当に真由美様はお美しいので色んな服装をさせて愛でたいという隼人様のお気持ちは分かります。

だって、女の私が見てもウットリする程奥様はお美しいですから。


隼人様が書斎でお仕事をする時には、書斎に奥様と一緒に篭って隼人様は書類仕事、奥様も『書類整理とか、何か手伝いましょうか?』と仰っているようなのですが、『君はただそこに居てお茶を飲みながら本でも読んでてくれれば良いから』と仰って、奥様を書斎のソファに座らせてご自分は書類仕事に集中するのだそうですけど、隼人様に言わせると、ただそこに奥様が居らっしゃって仕事の合間に奥様の姿を見るだけでやる気が出て、仕事の効率が上がるのだそうです。

正に、片時も奥様の傍から離れたくないといったご様子。


さすがに旦那様がお仕事で出掛けられる時には奥様はお屋敷でお留守番をしていましたが、そんな時は使用人達にマメに声を掛け、困った事は無いか、足りない物があったら直ぐに言ってほしい、具合が悪そうな使用人が居れば気にしないで休んでほしい、お給金は旦那様と相談させてもらうからと優しく声を掛けて下さいます。


普通は嫁いで来て気負ってあれこれと手を付けられたり直ぐに下々の者に構うとなると、仕事の邪魔になるだとか下の者に媚びを売っているだとか悪く言う者も現れそうなものですが、奥様の纏う雰囲気というのでしょうか?

あの清楚で美しい容姿に、まるで春の陽だまりの様なふんわりした雰囲気、鈴を転がす様な美しい声でゆっくりと話しかけられると反発する気持ちが不思議と無くなってしまうのです。

かくいう私も奥様にお会いする前は『どうせお金や権威目当てだろう』『結婚してしまうと態度がコロッと変わるかもしれない』と失礼ながら思っておりましたが、奥様の事を悪く思っていた事を恥ずかしく思う程奥様はお美しくお優しい方でした。


容姿もさることながら心根も纏う雰囲気も文句の付けようが無いとなれば認めるしかありません。


というよりも、寧ろそういう財産と東郷家の権威目的のお嬢様に隼人様が騙されなくて良かった、真由美様が奥様になって下さって良かったとさえ思いました。


今では、旦那様がお仕事で外出されて戻られると、奥様、私、河野で必ず玄関前で隼人様をお迎えいたします。


すると、お帰りになった隼人様は真っ先に奥様のお顔を見て嬉しそうに微笑み、今までは私に当然の様にお預けになった隼人様のお帽子と鞄を奥様に渡し、河野に今日一日あった事を確認して、そのまま奥様とお二人、自室にお戻りになります。


そして、そのまま夕食まで誰にも邪魔されずお二人で夫婦の部屋で仲良く過ごすのです。


お帽子と鞄を預かるお役目は信代様が居らした頃もずっと私がさせていただきましたけれども、今は完全に真由美様にお役目が移りました。



…………もう私は御役御免でございます。



寂しくないと言ったら嘘になりますが、幼い頃から私の背中におんぶして守ってきた隼人様が立派に成人されて、容姿も心も美しい女性と心から愛し合って結ばれて良かったと思いました。




そして間もなく、奥様のご懐妊が分かり、御屋敷中が喜びに湧きました。


仲が良すぎると逆になかなか子宝に恵まれないと言いますが、結婚されて半年後にご懐妊され、信代様との間にお子様に恵まれなかった分隼人様は大変お喜びになり、後継者の事なんて気にせず兎に角男の子でも女の子でも元気な子供を産んでくれと、それはそれは今まで以上に奥様の事を大事にされ、定期的に健診を受ける病院も大きな最新医療機器を揃えている病院にし、定期健診の時には隼人様が必ず車を出してご夫婦お二人で健診に行く程奥様とお子様を大事になさっていました。





…………所が、所がで御座います。


あんなに幸せそうだったご夫婦だったのに、ある時、何時も通りに奥様の検診から帰ってきた隼人様は顔面蒼白、奥様も少し元気がありません。


帰って来る早々、



旦那様

「真由美? 君は気にする事はないから、少し妊娠のせいで体力が落ちているせいだと先生も仰っただろう?

ほら、今日は真由美も朝から怠いと言っていたから無理しないで寝室で寝てきなさい?


………君、妻を寝室に連れて行ってあげてくれ、そしてその後僕の書斎に来てくれないかな?」


「はい、かしこまりました。

さ、奥様お手をどうぞ?足元にお気を付け下さい」  


奥様

「………あ、ありがとう。

何だか今日は朝から調子が悪くて……」



旦那様

「………河野、僕が居ない間に変わった事は?」


河野

「はい、先程10:30分頃に谷町様から共同出資の件で相談があるとお電話を頂き、南様と川端様から………」



隼人様と河野の話を背に奥様の手を取って二階への階段を登りますが、確かに、奥様の顔色は悪くふらついているようです。

ふらついている奥様の手を取り旦那様と奥様の寝室に入ると、そのまま奥様をベットに誘導します。

奥様は少しふっくらしたお腹を手を添えながら庇い、ゆっくりとベットに横になられます。



奥様

「………忙しいのにごめんなさいね?」



こんな時にも使用人を気遣って、謙虚でお優しい方です。



「いいえ、お気になさらないで下さい。


もしかして朝に食欲が無いからと仰って朝食を召し上がらなかったので血糖値が下がって目眩を起こしているのかもしれませんね?

何か軽く食べられる物と飲み物をお持ちしますね?

そのままお休みになって、体調が落ち着いたらどうぞ食べ物と飲み物をお摂り下さい」


奥様

「ありがとう」


「では、失礼致します」



私はそう言って、急いで厨房に行き軽食と飲み物を奥様の寝室に運び、その足で旦那様の書斎に向かいます。





コン コン コン




旦那様

「…………入りたまえ」


「失礼致します」



私が隼人様の書斎に入ると、ジャケットを脱いでソファの背にジャケットを掛けたままソファに座って、青い顔をして前屈みになって手を組んで、深刻そうなお顔で何か深く悩んでいる様子の隼人様がいらっしゃいました。



「遅くなり申し訳ありません。


奥様が目眩を起こしている様だったので、朝に朝食を召し上がらなかったので血糖値が下がったのかと思い、奥様の寝室に軽食等を用意して参りました」


旦那様

「…………あぁ、さすが気が利くね?

ありがとう………」


「………あの、旦那様? お顔の色がよろしくありませんが、一体何が………?」



私はそう言いながら旦那様の近くに行きました。


旦那様

「………真由美が………もしかして不治の病かもしれないと………」


「………は?」


旦那様

「先日採血した血液検査の結果が出てね、白血球の数値が異常な数値でね?

だから、今度改めて精密検査を受けなくてはいけないと言われてしまって………


真由美に言うと、ただでさえ妊娠中でデリケートな時期だからそんな重病かもしれないだなんてストレスが掛かるかもしれないと思って言えなくて、少しだけ妊娠中毒症の症状が出ているという事にして本人には聞かせているが、先生が言うにはその重病の可能性が高いと言われてしまって……」


「………え? そ………そんな……


本当にお医者様がそうハッキリ仰ったんですか?」


旦那様

「聞き間違える訳がない!


…………そんな………子供も出来て、これからだっていうのに………何で?


………東郷は、もう親親族も病が原因で死に絶えて、健康そのものだった信代も突然病で倒れて結婚1年目で亡くなり……まさか、一族が呪われているとでもいうのか………?


だったら………何で? 

何で東郷の血をひいている僕ではなく妻達がこんな………?」



隼人様が泣きそうなお声をしてソファに座ったまま俯かれます。


ここまで落ち込まれるのを見るのはご両親が亡くなった時以来なので、私は慌てて隼人様の隣に膝まづき、隼人様のお顔を見上げながら話し掛けます。



「旦那様、しっかりなさいませ!


東郷家が呪われている? とんでもない!

東郷家は代々町民を救い善行を行ってきた誇り高い一族ですよ?

その東郷家が感謝をされる事はあっても呪われるだなんてそんな!

それは御先祖様や先代旦那様奥様に対して失礼でございます!


まだ検査もこれからで未確定な事なのですから!

本当に妊娠中毒症なのかもしれませんし………」


旦那様

「………そうか………そうだね?

僕も幼い頃からお父様とお母様のされて来た事を傍で見て来たけど、お父様もお母様も町民に本当に慕われていた………確かに、呪いだなんて、東郷に対する愚弄だったね?


………今の僕の発言は忘れておくれ?



しかし、真由美が重病と言われてしまったのは事実なんだよ?………どうして妊娠中毒症だなんてそう言える?

先生は命に関わる重病の可能性が高いと仰ったんだぞ?

いや、妊娠中毒症だって、軽く見ていたら命を落とす可能性はあるし……」



隼人様がお顔を上げて私を見ます。



「だとしても、今の日本の医療技術は外国と比べると少し遅れていて検査の精度も低いです。

実際、大袈裟な病気を告げられて検査してみたら実は何の問題も無かったという話はよく聞きますよ?」


旦那様

「…………もしその病気だったら子供を産む前に命を落とすかもしれないとまで言われてしまったんだぞ?」


「旦那様! しっかりなさいませ!

旦那様がその様なご様子では、奥様が不安になりますよ!?


………旦那様? 河野はこの事に関して何か言っていましたか?」


旦那様

「………え?」


「河野ですよ、旦那様。

河野にこの事を相談なさったのですよね?」


旦那様

「あ……まだ河野には言っていない……。


そうか、僕ははなから君に話を聞いてもらいたいとそればかり考えて、河野に真由美の事を相談する事が全く頭の中に入ってなかった………」


「えぇ? 旦那様! いくらショックだからといって………しっかりなさって下さいませ!?


先代旦那様と奥様を亡くした今、この御屋敷の中ではご両親代わりに旦那様が頼らなくてはいけないのは河野だけなのですよ!?」



奥様へのプロポーズといい、今回の事といい、隼人様は今まで大事な事や重大な事を決断する時は必ず隼人様より少し年上の執事の河野に相談してまいりましたのに!


その河野を蔑ろにするまではいかないものの、河野の事を軽んじる様な事をするなんて………。



旦那様

「あぁ、分かっている、分かっているよ?

河野は優秀な人間だし判断に困った時には頼りになる人間だから、大事に思っているのには違いないんだが………でも、河野はあくまでも屋敷を管理する仕事仲間の様な感覚だから………結局、河野の前では弱い僕を見せる訳にはいかないんだよ………。


………あぁ、そうか、最近ずっと真由美の事は君にだけ相談して来たし、相談している内に、幼い頃に色々君に遊んでもらっていた事とか悪い事をした時には優しく注意をしてもらっていた事を思い出してきていたから、君の事を僕の本当のお姉さんの様な感覚になっていたのかもしれない………色んな思惑を持って東郷を乗っ取ってやろうという者が周りに居るから、僕はどうしても外で弱い部分を見せる訳にはいかないし誰にも甘える事も出来ないから、それは河野にもそうなんだよ。

相談はしても、決して河野にはこんな弱ってる僕なんか見せられない。


………情けない頼りない主人だと思われたら、重大な案件での河野の判断も鈍るかもしれないだろう?


僕の弱い心や心の内をさらけ出すのには君しか居ないと思って甘えてしまっていたのかもしれない」


「旦那様………」



隼人様が震える両手で旦那様のお傍に膝まづいている私の両手を握って来ました。



!?



旦那様

「………真由美がこの世から居なくなるかもしれないと思ったら恐ろしくて堪らないんだ………でも、こんな情けない姿を見せるのも情けない事を口に出来るのも、もう頼れる者が一人も居ない僕には姉や代わりだった君しか居ないんだ。


これからも、僕の話をこうして聞いて欲しいと思っているけど、こんな情けない主人を持って君は失望しただろうか?」



旦那様が泣きそうなお顔をして切実な感じで私にそう仰います。



「………いいえ、私はそう思いませんよ?

寧ろ、旦那様にそこまで心を許していただいて大変嬉しく思います。


私で良かったら何時でもお話をお聞きしますよ? 私は何があっても旦那様のお傍に居りますから………」



旦那様にここまで頼られていると知って、旦那様は悲しんでいらっしゃるのに不謹慎かと思いますが、私はとても嬉しかったのです。


今まで穏やかにゆったりと余裕を持ってお仕事をされていると思っておりましたが、それは決して全てが順風満帆という訳ではなく、東郷家を一族の最後の生き残りとして没落させずに残していかなくてはいけないという重責と、少しでも周りの者に弱い所を見せたらたちまち東郷家を狙っている者達に付け入る隙を与えてしまうというプレッシャーを常に感じておられたんですね。



旦那様

「………ありがとう………」



旦那様はやっとホッとした様なお顔をされて、私を見つめました。




それからは、旦那様は奥様の前では笑顔を絶やさず日々弱っていく奥様を励まし続け、お仕事も今までと変わらずこなされていましたが、希望虚しく、検査の結果はやはり恐れていた通りの不治の病と診断され………奥様には相変わらず妊娠中毒症が長引いているだけだと嘘の病気を伝え、普段は東郷家専属のお医者様に屋敷に来ていただいて奥様を診ていただき、御屋敷で治療出来ないものは病院に行って入院して治療をするという日々が続き、旦那様は毎日の様に私を書斎に呼んで、暫く奥様に対する不安等を私に吐露する日々が続きました。



それでも、最初の頃は奥様も懸命にご自分の病気を治す様頑張っておられたのですが…………





…………なのに、そのお優しい奥様が、徐々にあんな風に歪んでおかしくなっていき、隼人様までおかしくなっていくとは全く想像していませんでした。


※夢日記1話完結?【奥様人形】



……… ∽回想終わり∽ ………





ーーー 続きます ーーー