奥様の信代様が亡くなられてから数ヶ月、奥様を亡くされた悲しみで塞ぎ込まれていた東郷家の当主、隼人様がようやく悲しみが少し癒えてやっと外に目を向けられたご様子で、屋敷の使用人達も一先ずホッとしました。
東郷家は先代の旦那様の頃から大々的な事業等はされていなく、莫大な資産の中から株や投資、不動産、賃貸で人に家を貸し出し家賃収入等で資産を運用していたので隼人様も先代旦那様から学生の頃から株や資産運用の仕方を教えられ、隼人様もその様にして資産を管理、運用していましたので、旦那様が伏せていたとしても東郷家が直ぐに頓挫するとは思いませんでしたが、それでも当主が塞ぎ込んでいると使用人としては不安になります。
何より、東郷家の使用人達は東郷家の権威や資産云々というよりもお優しい先代の旦那様、奥様や隼人様のお人柄に惹かれている使用人が多かったので、本当に心の底から隼人様を心配しておりました。
隼人様がやっと外出する気になって町に出掛けたその日、まだ本調子ではないのでお昼頃辺りにはお帰りになるだろうと思っておりましたが、予想を裏切り帰って来られたのは夕方頃になりました。
隼人様
「ただいま」
私・執事
「お帰りなさいませ。旦那様」
この頃の私は幼少の頃から隼人様の姉やとして隼人様に直接仕えていた事と、いつの間にか数居る使用人の中でも務めている歴が長い、仕事が出来るという事で、使用人の中でもメイド長の様な役割を与えられる様になりました。
なので、隼人様が外出からお帰りになると、執事兼秘書の河野と共に必ず隼人様を玄関でお出迎え致します。
河野は隼人様より5歳上の男性で、名のある東郷家の執事をしているだけあって、大学を優秀な成績で卒業してそのまま東郷家の執事、隼人様のお仕事のサポートをする秘書として働き始めたそうです。
性格は真面目を通り越して堅物という印象。
休憩を取っている時でも昼食を摂りながら午後の仕事の確認や隼人様のお仕事のサポートに集中していて殆ど笑った顔を見た事がございませんし、使用人達と雑談をしたり、ましてや笑いながら冗談を言っていたりなんて見た事もありません。
隼人様が伏せっている間も、河野が隼人様の代わりに出来る仕事は全て担っていたようで、常に東郷家の為を思って働き続けている印象です。
なかなかの美男子で、女性の使用人の中には河野を憎からず想っている使用人も居たようですが、兎に角河野は仕事一辺倒で女性がアプローチをしても女性には全く興味が無いようでした。
そんな仕事人間の河野と並んで隼人様を玄関でお出迎えすると、隼人様は当然の様に私に必ず帽子と鞄を預け、河野に『何か変わった事は?』とお聞きになります。
ずっと塞ぎ込んでいたので体調が心配でしたが、思ったよりもお元気そうでホッとしました。
というよりも、むしろ何か良い事があったかの様に生き生きとしているご様子。
河野が一日の出来事や必要事項を伝えると、隼人様はそのまま自室に向かわれ、私は隼人様の帽子と鞄を持って隼人様の後ろに付いて隼人様の自室兼書斎に向かいます。
そして、隼人様が書斎に入ると、帽子を帽子掛けに、鞄を隼人様の書斎のデスクの上に置き、隼人様のジャケットを脱ぐのをお手伝い致します。
正直、私はこの一連のお勤めが一番誇らしく感じます。
隼人様は使用人だったら誰にでもこの一連のお勤めをさせるという事はなさらず、必ず私にしかさせません。
隼人様の帽子や鞄を預けられるのは私しか居ない、隼人様の書斎にも河野と私しか入れませんし、隼人様のジャケットを着脱させて差し上げるのも私にしか隼人様はさせないのです。
私がお休みの時には他の使用人にはさせないで河野にさせるそうです。
それだけ隼人様は私を信頼して下さっているのかと誇らしく思うと共に、とても嬉しくなります。
今日も、隼人様は当然の様に私に背中を向けて、私は何時もの様にジャケットを脱ぐお手伝いをします。
ジャケットをハンガーに掛けて埃をブラシでサッと払い、クローゼットに仕舞おうとしていると、隼人様が不意に私に珍しく話し掛けて来ました。
旦那様
「………君、ちょっといいかな?」
私
「はい、旦那様」
旦那様
「……恥ずかしい話だが………他に相談というか、聞ける相手が居なくて……
姉や代わりに幼い頃から僕に付いてくれている君に聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
隼人様が成人されてから数年、私ともう殆ど実務以外のお話をされる事が無かったので驚きましたが、他の者には話せないけど、私にだけ聞きたい事があると言われてとても嬉しくなりました。
私
「何でしょうか?旦那様」
旦那様
「………その………君は、もし僕が妻を亡くして一年足らずで他の女性に惹かれてしまったと言うと、薄情と思うだろうか?」
私
「………は?」
隼人様が言い辛そうにしながらも、少し顔を赤らめてそれでいて少し嬉しそうにお話しています。
数ヶ月間悲しみで伏せっていて、今日やっと元気になられて久しぶりに町に出たというのに、一体隼人様の身に何が起きたというのでしょう?
戸惑いながらも、今の隼人様の質問から想像を巡らせて、主人に質問されたのだから何かしら答えねばならないと口を開きました。
私
「………今のお話から思いますに………今日、出掛けた先で素敵な女性と出会ってしまった………と、そういう事でしょうか?」
私がそう言うと、隼人様が口元を手で覆って更に顔を赤くされます。
旦那様
「勿論、信代の事は今でも好いているし、亡くなった事は今でも悲しい………でも、薄情と思われるかもしれないが、今日始めて入ったカフェで女給をしていた女性を一目見た時から何だかおかしいんだ………こんな感情、生まれて始めてなので自分自身でも戸惑っていて………今まで女性は東郷を支えてくれるのならばそれで良いとしか思っていなかったから」
今まで女性に興味が無く、信代様との結婚も東郷の為だけにされた隼人様が、何時も穏やかで冷静沈着なのに生まれて初めて自分の中に芽生えた感情に戸惑っている様子が分かります。
私
「………その女性の事が気になって仕方ないと………?」
旦那様
「そう! そうなんだよ!
その女性が動く度についつい目で追ってしまって、他の男性客が馴れ馴れしく彼女に触れるととても不快になるんだ………これは………これはもしかして一目惚れというものなんじゃないかと思って………君はどう思う?これは一目惚れというものだろうか?
今でもあの女性の事が頭に浮かんで頭から離れないんだ」
隼人様がまるで初めて初恋を経験した幼い男の子の様な戸惑いと嬉しさを滲ませた顔をしておでこに手をやります。
私
「………私が思いますに、やはり旦那様が仰る通り、旦那様はその女性に一目惚れというものを………してしまったんだと思いま………す」
私は内心動揺していましたが、なるべく平静を装って答えました。
旦那様
「………そ………そう……か、これが………。
いや、一使用人の君に突然こんな相談をしてしまって申し訳なかったね?
しかし、恥ずかしい話だけど男の友人は何人か居るけどこんな話をする程の親しい友人が居ないものでね。
それと、女性の意見を聞いてみたかったものだから………。
思えば、学生の頃も周りの友人は皆何処何処のお嬢さんが可愛いだの美しいだの、何処何処の財閥の次男と何処何処の大店の呉服屋の三女が付き合っているだの、そういう話で盛り上がっていたけど、僕はその手の話は全く興味が無くて話に入って行けなかったから………
その時から興味が無くとも話を聞くだけでもあの輪に入っておけば良かったなと思うよ………
この歳になってこんな子供がする様な恋の話を一使用人に真剣に話しているなんて僕は少し情けないな………」
私
「………そんな事は御座いませんよ?
旦那様は誠実な方ですからその様な恋愛に関する話を軽々しくするのをはばかられたのでしょう?
私は旦那様に少しでも好ましいと思える女性が現れた事を喜ばしく思っておりますよ?」
私は複雑な気持ちを隠して隼人様にそう言います。
隼人様
「………でも、妻が亡くなって一年足らずでそんな………やはり薄情ではないかと思うのだけど?」
やはり誠実な隼人様、お見合いで結婚して恋愛感情が無かったお相手だったとはいえ、信代様へ申し訳ないと思っておられるようです。
私
「私個人といたしましては旦那様が何時までも伏せっている事こそが信代様も心を痛まれるかと。
………しかし、お叱りを受けるのを承知であえて言わせたいただくと、その女性はカフェで女給をしているのですよね?
そうなると家格が合わないかと……今までの東郷家の慣例では家格に釣り合う方をずっとお迎えして参りましたし、そうしますと、東郷家と繋がりのある他の財閥等がただでさえ今でも旦那様に自分の娘をとお見合い話を持って来ている方が大勢居るのに、そういった方々が反対するかと思いますが………」
旦那様
「………そう……か、そうだよね?
僕もそれは重々承知はしているんだが………でも、今は両親も亡くなって親戚も全て亡くなって親族の中には反対する者等居ないのだし………家格など、これからの時代必要だろうか………?
僕はね?外国から色んな文化が入って来ているこの時代、これからの時代はもう殆ど廃れてしまった華族等の身分なんて意味が無くなって行くと思うんだよ?
事業をしていたらさすがに仕事上の繋がりだとかは生まれてしまうとは思うけど………でも、それも今の東郷家は事業を止めてしまって出資が殆どだしね」
何時もは物分りの良い隼人様が、その女性を余程気に入ったのか諦めきれないようでした。
しかし、そんなに一目で夢中になってしまう程美しい女性なのだろうか?
美しいと言っても所詮、町の小さなカフェで働いている様な、ハッキリ言うと家柄もあまりよろしくなさそうな出自の女性なのにそんなに諦めきれないのだろうか?
隼人様はお若い頃から隼人様の家格や財産に目の眩んだお嬢様方をお相手して来たのでそれで女性が苦手になった経験もあるのだし、どうせそういう出自の女など、隼人様の名前を聞いたら今まで隼人様をうんざりさせたお嬢様方と同じくみっともなく隼人様に擦り寄るだろう、そうしたら隼人様も目が覚めるのでは?
と、私は思い。
私
「旦那様はどうしてもその女性の事が忘れられないのですね?
それでは、その女性の人となりを知る為に先ずは少しずつデートに誘ってみてはどうでしょうか?
私は奥様が亡くなって一年も経っているのですから、最低限は喪に服したと思いますよ?
今でも旦那様の元に再婚のお話が沢山来ているのですから、特定の女性とお付き合いを始めれば少しはお見合いの話も収まるかと思います。
旦那様も正直、お見合いの話に頭を悩ませておられたのでは?」
隼人様は内心私からその言葉をもらえる事を期待していたのか、途端に嬉しそうな顔をします。
旦那様
「………そ……そうかい? 君はそう思うんだね?
確かに、うん、彼女の人となりを知るのも大事だよね?
それでは、君の助言通りに勇気を出して彼女をデートに誘ってみようかな?」
隼人様がお金持ちだと知ったその女給が態度をコロッと変えて媚びを売ってきて隼人様がまた落胆するのはお気の毒とは思いましたが、早くに女性の正体を知れば傷も深くならずに済むと思ったのです。
私
「………その様になさった方が良いと思います」
旦那様
「やはり君は頼りになるね? 僕の相談に乗ってくれてありがとう。
しかし、僕は幼い頃から君に頼りっぱなしで、少し恥ずかしいな」
私
「あら! 何を今更?
私は隼人様が御生まれになる前からこのお屋敷にお世話になっていて、赤ん坊の隼人様をずっとおんぶしながらお仕事をしていたんですよ?
そうそう、隼人様をおんぶしていた時なんか、何回も私の背中でおもらしされたんですから!
それに、隼人様がお母様に叱られた時なんかは、隼人様は何時も私の後ろに隠れていたんですよ?
いわば、私は乳母みたいなものなのですから、隼人様に少しでも頼られてとても嬉しいですよ?」
旦那様
「おいおい、そんな子供の頃の事を持ち出さないでくれよ。
そうか、確かに君は、君がまだ幼い頃から僕に常に付き添って姉やとして僕の遊び相手になってくれていたよね?
他の仕事も任さているようだったのに……思えば君も子供の頃から東郷家にずっと仕えてくれて苦労をかけていたんだったね………
………それにしても、何年かぶりに君に名前の方で呼ばれたね? 懐かしいな………」
昔の事を思い出したのか、隼人様が遠くを見る様な目をします。
私
「そんな………苦労だなんて勿体ないお言葉です。
私は東郷家にお仕えさせていただいて幸せ者でございます。
あ、旦那様申し訳ありません、次の仕事が………」
旦那様
「あぁ、すまなかったね。
彼女に関しては、君の助言通り明日デートに誘ってみるよ」
隼人様は私に話を聞いてもらえて安心したのか晴れやかな笑顔になっていました。
それとは逆に、私の心の中は赤ん坊の頃から見守って来た隼人様が本当の恋というものを経験したという
(あぁ、隼人様はある意味、本当の自立した大人の男性になってしまったのだなぁ)
という私の手から独立して離れてしまったという寂しさと、隼人様が初めて経験した恋は、今まで経験した様な隼人様の権威や財産に目が眩んで媚びを売りしつこくしてくる女性達の様になった女給の女に失望して間もなく失恋するんだろうなぁという隼人様への同情で複雑な気持ちになりました。
しかし翌日以降、私の予想とは裏腹に、隼人様はその女給と順調にデートを重ねられ、恋をしているお陰か見る見る内に元気になり、まるで同性の親友に話をする様に私だけにデートで出掛けた場所や内容、その女性が如何に素晴らしいか嬉しそうに聞かせてくる様になったのです。
旦那様
『彼女は今まで出会った女性達と違って僕の家柄や財産等気にならない様でね、今までと態度が全く変わらないんだよ』
旦那様
『彼女の名前は小林真由美さんと言ってね、21歳なんだそうだよ?僕の6歳下だね。
彼女は本当に美しい女性で、優しくて、あんな素晴らしい女性に会ったのは初めてだ』
旦那様
『彼女は美しいからカフェに来る男達が彼女を狙っていてね?
中には彼女の体をベタベタと触ってくる男も居て、見ててとても腹立たしいんだ。
全く………父親と変わらない年齢の男が娘程の女性にベタベタ触るなんて見てて耐えられない。
耐えられなくなってその失礼な男性客から彼女を助けたけど、店長は彼女が男性客から受けている性的な被害に気付いていないのかな?
中には彼女をデートに誘う男も居るんだけど、彼女は僕が居るからと思ってかきちんと断っているようでね?
僕を想って他の男の誘いを断ってくれるのは嬉しいんだけど、でも、これ以上このまま彼女をあの環境に置いておくのが凄く不安なんだ………』
旦那様
『彼女は可哀想な生い立ちでね?
貧しい農村の生まれて、幼い頃に両親を亡くして親戚をたらい回しにされて、親に甘える事を経験出来ないまま使用人の様な扱いをずっと子供の頃から受けて来て、15歳になり働ける歳になると家から追い出されて働きながら移動している内にこの町に流れて来たんだって』
この時点ではまだ私はその女給を、隼人様に近付く為に同情を誘う為に自分の不幸な生い立ちをわざと話して聞かせているんだろうと思っていました。
女性が落とそうと思った男性にわざと自分の不幸な生い立ちを聞かせて泣いて同情を誘うのは常套手段のようですからね?
それと同時に、ある種の嫉妬も生まれてしまいました。
私も生い立ちは彼女と似た様な生い立ちで、生まれてからずっと東郷家で住み込みで働き、それこそ私は八歳の頃から隼人様の面倒を見るよう言い付けられて隼人様をおんぶしながらこの御屋敷で一日中子供が出来る範囲の洗濯や掃除等の仕事をさせられてきたのに、何故その女だけは隼人様に同情されて愛されるのだろう?
私との違いは何?
容姿が美しい美しくないの違い?
では、私も美しかったら隼人様に同情されて愛されるとでもいうの?
という気持ちになりました。
そんな複雑な気持ちを抱えたまま、毎日外出して帰って来た隼人様から隼人様の自室で二人きりになると、彼女とのデートの様子や彼女の素晴らしさを聞かされてきました。
そして、真由美様と毎日デートを重ねられて一ヶ月後
旦那様
「今日、前々から用意していた婚約指輪を真由美に渡してプロポーズして来たんだ。
彼女は一つ返事でプロポーズを受けてくれてね、まるで天にも登る気持ちだよ。
結婚式は信代の事もあるし、昔と違って他の財閥や企業の仕事での繋がりも薄くなったから、別に大々的に結婚式披露宴をする必要は無いと思うんだ。
だから結婚式は二人きりで小さなチャペルで済まそうと思う。
真由美は今まで僕に財産目当てで擦り寄ってきたお嬢さん方とは違うから、それでも喜んでくれると思うんだ」
私
「え!?」
寝耳に水でした。
その内カフェで働く女給の態度の変化に失望して『やはり彼女は今までの女性達と一緒で僕の財産と名前が目的だった、失望した』と言って失恋するものとばかり思っていたので、まさか婚約指輪まで用意してもう既にプロポーズをしたと言われたのには驚きました。
真由美様から結婚の了承を得た喜びで興奮しているのか、こちらの様子にお構い無しに、これからの真由美様との未来の結婚生活を夢見てまだ話し続けています。
私
「……あの、それは東郷家の専属弁護士の平田先生や執事の河野にご相談されたのでしょうか……?」
今までは東郷家で何か大きな決断をする時には何時も東郷家お抱えの弁護士の平田先生や執事兼秘書の河野に相談をしてから決めていたので、庶民……ましてや両親を亡くし幼い頃から親戚をたらい回しにされて来た貧しい女性との結婚を平田先生と河野がお許しになる筈がないと思い、隼人様に質問しました。
旦那様
「いや? これは僕が決断して決めた事だからね。
………彼女をいやらしい目で見て狙ってくる男達の居る環境にもうこれ以上彼女を置いておきたくないんだ」
私
「で………でも、いささか早急過ぎるのでは!?
それに、長年東郷家を支えてきた平田先生や河野に対して何の相談も無しにそんな重大な事を独断で決められるのは………正直、お二人に対して不誠実だと思います!
東郷家は多くの使用人を雇っているのですから、その使用人達への責任も隼人様は負わなくてはいけないのに、東郷家の未来を左右する花嫁選びでその様な独断をなさるなんて隼人様らしくありません!」
私は隼人様のお怒りに触れる覚悟をしてキツめの言葉を隼人様に投げ掛けました。
ただの使用人が主人に対して意見するのは御法度、ヘタしたらその場でクビを言い渡されてもおかしくありませんでしたが、今までは必ず弁護士と執事の二人に相談して大きな決断をしてきた東郷家、隼人様なのに、その女の事になると夢中になって周りが見えなくなっている様子の隼人様に危機感を覚えていたのかもしれません。
私のその言葉を聞いた隼人様は驚いた顔をして暫く私を見つめて
旦那様
「………不誠実………そうか、確かに不誠実だったかもしれないね?」
ハッ
私
「………し………失礼いたしました、申し訳ありません。
主人に意見するなど私の方が不誠実でした。
………どの様な罰もお受け致します。
お暇をというのならばそれも甘んじてお受け致します」
私はこの時本気でクビになるかもしれないと思って深くお辞儀をして謝罪しました。
でも正直、このままの気持ちで隼人様の傍に居続けなくてはいけないのならば、いっその事クビになって東郷家を去るのもいいかもしれないとも同時に思いました。
でも、私も真由美様同様、頼る親族も居ないものですから、東郷の御屋敷を追い出されたら頼る親親戚も無く住む所も仕事もいっぺんに失う事になります。
………本当に、今改めて思うと真由美様と私の生い立ちは似通っているのに、真由美様は美しいというだけで男達を引き寄せて守ってくれる者が次々に現れる、一方の私は若い頃はそれなりに男の使用人達に誘われたりとかはありましたが、それは私生児を産んだ母同様、どうせ娘の私も淫乱女なのだろうから遊んで飽きたら捨てやすくて丁度いい女と思われていただけの女の私、神様というのは不公平だなと思いました。
旦那様
「いや、お暇だなんてそんな大袈裟な…………君は使用人の中でも僕の姉や代わりの特別な人なんだからそんな簡単にクビになんてしないよ?
例え他の使用人全員が居なくなったとしても、君だけは僕の元に残しておきたいと思う程大事に思っているんだから安心してほしい」
私
「………勿体ないお言葉です………」
隼人様にそれだけ大事に思われていると知って嬉しいと思うと同時に、私の心に広がるこのモヤモヤの正体も認めるのが嫌だ、認めてはいけないと思う気持ちもありました。
旦那様
「まぁ、君が心配するのも無理はないと思う。
僕もちょっと彼女が他の男に狙われていると思って焦り過ぎたかな?
でも、これは僕の結婚だし僕の人生なんだから僕自身が決めさせてもらう。
大丈夫、全く東郷家の事を考えていないという訳ではないのだから、東郷家の事も考えて真由美を僕の妻として迎え入れても大丈夫と判断して起こした行動だから安心してほしい。
平田先生と河野には後できちんと相談させてもらうから」
私
「…………はい」
私はその時落ち込んではいましたが、まだ平田先生と河野に反対されるだろうという気持ちが残っていて、後で隼人様が真由美様にプロポーズは無かった事にしてほしいと告げる事になるかもしれないと思っておりました。
ーーー 続きます ーーー