ラグカフェ編集部の取材メモ

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●取材班
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(編集長)おもに世界

季節は巻き戻り、桜の季節。

4月初旬、狭山市にある狭山セコムラガッツ の拠点「セコムラグビーフィールド」に、初めてお邪魔してきました。

私・有働は、20代の頃、戸田の河川敷を裸足で駆け回っていた小学生時代のライチェル選手と出会い、その後、オリンピアンに選出されるまでの道のりを、少し離れた場所から見守らせていただきました。時間を経て、再びこうしてお話を伺えたことにも、ご縁を感じています。すでにOA済みの音源ではありますが、ぜひご一読ください。

 

 小さい頃から家族の会話の中心には、ラグビー~バティバカロロ ライチェル海遥(みよ)選手~

 

 

バティヴァカロロ ライチェル海遥(みよ)

自身もラグビー選手であるフィジー出身の父親の影響で、3歳からラグビーを始め、東京2020オリンピックの女子7人制ラグビー(サクラセブンズ)の日本代表として、活躍。立正大学卒業後、ARUKAS QUEEN KUMAGAYA・ながとブルーエンジェルスに所属し、妹のバティヴァカロロ アテザ優海ともプレーを続けた。

 

ーー今シーズン限り(去年末)で引退を決めたということで、今はどんなふうに過ごしてるんでしょうか。

「現在は、狭山セコムラガッツのチームスタッフとして、活動をしています。」

 

ーーということで、今日こちらにお邪魔しているんですが、引退という形になりました。シーズン前から引退については、決めていたということなんですよね?

「そうですね。 2025年シーズンが始まるタイミングでは、自分の中では集大成というか、最後のシーズンと決めてシーズンに挑んでいました。気持ちとしては、本当に悔いなく、ラグビーっていうスポーツを純粋に楽しみながら、最後を終えられたらいいなと思いながら、 1シーズンをプレーしてましたね。 」

 

ーーお兄さんも妹さんもラグビーをやられてますけども、お二人からは、何か言葉はかけられましたか?

「シンプルに、本当にお疲れ様っていうのは、言葉としてもらいましたし、私自身も楽しい時も苦しい時も、本当に家族の支えがあって、今まで 約24 年間、競技を続けてこれたので、私自身も家族に対して、感謝の気持ちを伝えましたね。」

 

ーー お父さんもラグビーを実際にやっていて、お母さんも普及活動もされてますけども、お二人からはお疲れ様っていう言葉以外に、何かありました?

「本当に、楽しませてもらったっていうのは言ってもらえて.....。 小さい頃から家族の会話の中心にはラグビーがあったので、そういったラグビーでの家族のつながりっていうのも、すごく今となってはあって良かったなって思いますし、本当に両親のエネルギーがあるからこそ、私たちもここまで続けてこれたかなって思うので、感謝の気持ちでいっぱいです。」

 

ーー 今日は、セコムのマネジメントチームのチームスタッフという立場でインタビューしています。現在の具体的なお仕事内容はどんな内容になりますか?

「練習の裏方として、選手をサポートしていくっていうことでいうと、練習の準備だったり、片付けだったりっていうところの部分ですとか、セコムは、今・外国人の選手も多く所属しているので、選手たちやご家族だったりのサポートですとか、あとはメインで通訳の方が一人いらっしゃるんですけれども、その方のサポートで、ちょっと通訳に入ってお手伝いしたりですとか、本当にいろんなことをやっているかなって、思います。」

 

photo by 狭山セコムラガッツ

 

ーー 女子チームから男子チームという違いもあると思うんですけども、その部分はどうですか。

「そうですね。 規模感でいうと、女子セブンズのチームとは全然違って、選手だけでも 60人、 60人いるので、その選手の一人一人のお顔と名前をまずは覚えて、伝える時も一瞬で情報量が 0、 100で出てくるので、それを自分の頭の中でいかにシンプルに言葉を伝えれるかっていうところを今は考えながらやってます。」

 

ーー アルカス熊谷、そして長門ブルーエンジェルスと渡ってきましたけども、振り返って何かありますか?

「その時々で自分がしてきた選択だったりとか、周りの人からこう言っていただいた言葉とかっていうのが、本当に私自身の競技生活をサポートしてくれて、支えになったなって思います。クラブで出会ったスタッフだったり、選手だったりっていうのは、本当に自分の競技人生の財産にもなったなというふうに思っています。」

 

ーー 思い出に残ってる試合だったりとか、人や出来事などは、何かありますか?

「本当にいろんな大会だったり、合宿だったりっていうのが思い出ではあるので、一つっていうのはすごく難しいんですけれども、直近でいうと、一番最後・ 2025年の国民体育大会を山口県代表として出て、チームの長門ブルーエンジェルスのチームのみんなともそこで最後試合をすることができました。その前の段階で、チームメイトには今シーズンで最後になります、というのをお伝えして、みんなで挑んだ大会だったので、そこで優勝という形で大会を終えることができて、妹ともアテザともそこで最後一緒に試合をできたのは、私にとっては本当に思い出ですし、いい締めくくりになったかなというふうに思います。」

 

ーー そして、サクラセブンズ・オリンピックというところも個人的に目標だったかなと思うんですけども、振り返っていただけますか。

「一番最初に、オリンピックっていうところで目指していたのは、 2016年のリオデジャネイロオリンピック。 セブンズが、正式種目になったタイミングで、私自身、当時高校 3年生で、合宿代表合宿にも参加している中で、直前で怪我の影響で離脱をしなきゃいけないって中で、当時ドクターには、オリンピックも大会の一つの通過点だからって言われて.....。 自分も、その言葉を理解するのがすごく時間が長くかかってたんですけど、本当に大きな大会ではあるんですけど、年を重ねるごと、当時言っていただいた意味っていうのも、自分の中でストンと理解できたというか、本当にこの長い競技生活、どれだけ怪我をせずにパフォーマンスを維持しながら世界の相手と戦うことが、どれだけ重要かっていうのを感じました。その中でも、東京オリンピックっていう大きな大会、コロナの中で、無観客ではあったんですけど、目標としていた大会に選手としてピッチに立てたのは、私自身もすごく本当に人生においても貴重な経験をさせていただきました。 長く時間をかけて、チームメイトともマネジメントとも、時間をかけたからこそ、後にも続くいいステップにもなったというふうに思っています。」

 

ーーサクラセブンズに、コミットしてる時間も長かったじゃないですか。その上で、課題とか何か感じてきたものとかってありますか?
「そうですね、本当に、次のロスのオリンピックまで限られた時間の中で、今のランキングだったり、今の位置にサクラセブンズがい続けられるっていうのは、本当にロスに向けてのいい準備ができているかなって感じています。現時点では、サクラセブンズ世界大会で、一番上のカテゴリーで試合ができていて、サクラセブンズでトップのレベルでやる選手が今どんどんどんどん増えてきています。でも、国内に目を向けると、太陽生命シリーズって言われる国内で一番大きな大会が、年々すごくレベルが上がっていて、日本人選手層もそうですし、海外からも本当にトップの選手が来て行っている大会で、レベルがすごく上がっているからこそ、今のサクラセブンズにダイレクトに結果としてつながっているのかなっていうのは、思います。でも、 選手層が厚くなっているからこそ、国内合宿だったりとか、準備段階でその試合に出れていない選手にも可能性がやっぱりたくさんあるというか.....。海外での試合数が増えてくると、フルで戦える選手が理想ですけど、やっぱり現実的には強度も高くなってくるので、怪我のリスクっていうところがついてくる中で、日本の選手層を増やしておくことで、いつでもバックアップでやっている選手がトップに上がった時にも、ギャップがなくプレーを続けられているのは、今のサクラセブンズの強みでもあり、本当にバックアップにいる選手、SDS って言われるカテゴリーにいる選手も、いつチャンスが来ても出れる準備をっていうメンタリティーは、もっとあってもいいのかなと思います。言い方があれなんですけど、自分もそこにいたからこそ伝えたいなって思いますし、来たチャンスをどれだけものにできるかっていう意味でも、いい準備をしてもらいたいなっていうのは、感じます。 」

ーー個人的に、チャンスをものにする時は、こういうふうなメンタリティーでやってたとか、何かあるんですか?
「私の場合は、やっぱり今まで練習でやってきたことをしか本番には出せないというか....。 どちらかというとすごい準備を重ねて、自分に自信をつけて、実際に戦ってたので、その準備を自分自身が納得いくまで、どれだけ自分自身の成功体験をつけられるかっていうのが、多分チャンスが来た時に、チャンスをつかむキーポイントかなと思います。 」

ーー本当に長いラグビー人生、競技人生、これからもラグビーには関わっていくとは思うんですけども、ご自身にとってラグビーとはどんな存在ですか?
「そうですね。 生活の本当に中心にありましたし、本当に、自分もラグビーに出会えたからこそ、いろんな経験をさせていただいて、いろんな方とも出会うことができましたし、そういう魅力を自分自身が知ったからこそ、今お仕事の中にも子供たちにラグビーを教えるっていうのも、お仕事の一つにあって。そういう次の世代を担う子供たちに、ラグビーだけじゃなくて、スポーツの魅力っていうのを、伝えていきたいなと思っています。」 

ーーラグビーの一番の魅力は、どんなとこだと思いますか。
「やっぱりお互い本気で戦い合うんですけど、終わっちゃえば、もうみんな仲間というか、ハグをし合える、お疲れ様って言い合えるっていうのは、ラグビーならではかなっていうのは思いますし。 一回試合した相手は、みんな友達っていう、なかなか人生で、そのコネクションを掴むのは、あんまり機会としてないのかなと.....。そういう意味では世界中にも仲間がいますし、ラグビーの魅力かなって、思いますね。 」

ーー今後、"ライチェルさん”として、人生の目標や考えてることとかって、ありますか?
「自分が小さい頃に、通訳のお仕事もできたらいいなみたいな、ぼやーんとしたのがあって、現在は少しですけど、サポートしている中で、その目標の 1個=チェックボックスクリアできてるなみたいなのも、最近ふと昔にそういうことを思ってたなみたいな感じで、記憶として蘇ってきていて.....。本当に、それが昔思い描いてたところ、自分自身も 1個1個クリアしていく中で、本当にアカデミーの子供たちにも、そういう選択肢を、自分たちの可能性を広げていくためのサポートっていうのを、自分自身が得た経験から、皆さん、みんな子供たちに伝えていきたいなっていうのはすごく感じています。」 

ーー最後に、今まで応援してくださった方も含めて、ラジオを聞きの皆さんにメッセージもお願いします。
「今まで競技生活を応援してくださって、本当にありがとうございました。 2025年度で、私のラグビーへの選手としての携わり方は終わってしまったんですけれども、また違った形で、ラグビーだったりスポーツだったりっていうところに携わっていくので、これからも狭山セコムラガッツ の応援をよろしくお願いいたします。ありがとうございました。」

 

■あとがき

バティ一家は、本当にハートフルで、いつお会いしても、温かく迎えてくださるご家族。ご両親は、今後フィジーへの移住も考えているそうで、今回のお話からも、家族の深い絆を感じました。OAには収まりきらなかったのですが、現在はご家族でフィジーでのラグビー教室も何度か開催しています。

ライチェルさんは、いい意味で“選手っぽさ”がなく、競技者として高い実績を持ちながらも、常に周囲への気配りを忘れず、現場全体を見渡せる視点を持っています。

そこには、フィジーのルーツや、これまで積み重ねてきた沢山の苦労もあったはずです。

だからこそ、プレーヤーとしてだけではなく、周囲への気配りや現場全体を見る視点を自然と身につけ、裏方側の仕事もしっかりとこなせる器を持った方なのだと感じています。

ラグビーを通して、人と人との繋がりを広げている姿がとても印象的でした。

 

ラジオのアーカイブは、こちらからお聴きいただけます。

 

 

 

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【2024年9月1日現在、全国6局ネット放送中】
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☆木曜日
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