E.S. 2005 その3
何回か前の記事で「江戸東京たてもの園」に行った時にJunが「次は着物着て来たいね」と言っていたと書きましたが、Ruff Dueの人間は僕も含め懐古趣味の強い人間が多いようです。
出発前に着替えていると、Naoが鞄の底をゴソゴソとやっている。
そして取り出したのは作務衣。古い街並みや自然を巡る為に彼が見せた気合の一つでした。
先ずは写真を。
ちょっと分かりにくいですかね。
ではこちら。
えっと、何者なんでしょうか?この人は。雰囲気出過ぎです。
僕の記憶では音楽で頑張っている人だった気がするのですが。
しかし純粋に羨ましい。こういった場所ではタンクトップ姿の僕が浮いているように感じました。
さて、佐渡といえばトキ。話の種に見に行こうということになり、朝一で見に行きました。
鳥インフルエンザの関係でかなり離れた場所からしか見られませんでしたが、「見た」という事実が重要なのです、僕らにとっては。
トキを目に焼きつけ、早々にその場を後にした僕等は観光ガイドに載っていたちょっと神秘的な池に行ってみることにしました。それが一枚目の写真「杉池」。
長く続く曲がりくねった山道を進む。20分程の乗車時間だったが、対向車は一台有ったか無かったか。
駐車場に車を停めてみるものの、辺りに人影は無い。不安になりつつも駐車場から歩いて数分の場所にあるその池へと向かう。
途中にはキャンプ設備のようなものも有ったが、使われた形跡が無い。道なき道をバッサバサと進む。不思議な色をしたトカゲや、斑点だらけの虫など、見たことも無い生き物がウヨウヨしている。
そこでは完全に僕らの方が異物でした。
彼等の生活にズカズカ入っていく事に若干の抵抗を覚えつつ、何とか辿り着く。
素材になりそうな写真を数枚撮って、またしても早々に退散。
3日目は早いペースの観光です。(虫が怖かったというのも正直なところですが)
さてさて、次の目的地は「梨の木地蔵」
2枚目の写真にある、数多くの地蔵が並ぶ場所です。
海沿いのルートで車を走らせる。
「そうなんだよ、夏は海なんだよ。」なんて訳の分からない事を言いながら。
すると目の前に突然灯台が現れた。周辺は公園になっている様なので、予定には無かったが車を停めてみました。強めの風の音が耳の横を通り過ぎ、その合間に波の音が規則的に続く。それ以外の音は存在しない。遊泳禁止になっているその場所は波が高く、心なしか、僕のイメージの中にある海よりもキラキラしている様に見えた。ベンチでは地元の工事関係者の方と思しき人たちが弁当を広げている。
・・・最高の昼食ですね。
美味しくないはずが無いんだろうな。同じ日本とは思えないほどの贅沢な空間。
これを書いている今も、あの情景が目に浮かぶ。
で、いきなりお地蔵さんです。
今回の旅の目的の一つ「梨の木地蔵」
そう広くはない敷地に大量の地蔵が犇めき合っている。
凄いなぁと感心するも、またしても観光客はゼロ。オフシーズンの醍醐味です。
お陰でゆったりと見ることが出来ました。
そうして写真を撮ったりしているうちに、地元の方らしきおじいさんがやってきた。
最初は少し離れた場所にいたのだが、そのうちに僕らの方へ近づいてきて
「あんたらどこからきたんだい?」と話しかけられました。
東京からです。と答えると、おじいさんはガイド役を買って出てくれました。
この地蔵は佐渡に住む人たちが持ってきているものだと言う事。
<はしか>に罹った子どもの無事を祈り、身内の方がここへお参りにきたそうです。
そして治った暁には地蔵を持ってきて、この場所に置いていくのだとの事。
戦前はもっと多くの地蔵が有ったそうだが、戦後の混乱でかなりの量の地蔵が無くなってしまったようです。
おじいさんはその後も、熱心に説明をしてくれました。
「ほら、この地蔵はオレが子どもの頃に置いたやつだ」
と指差した先には、最早地蔵の形すら留めていない円柱状の石が。
長い時間風雪に耐えた自分の身代わりとも言える地蔵に時折逢いに来るおじいさん。
うん、何だか素敵な話だ。
後から聞いた話では、その方は現在観光に関わる仕事をしていて、自らの経験を交えバスガイドさんなどに佐渡の歴史を伝えていく仕事をしているとの事。そりゃ、詳しいですよね。
丁重に御礼を言い、佐渡南西の港である小木港へ。
最後の奮発でアワビステーキを食べる。んまい。丸ごとのアワビを食べたのは生まれて初めてです。
味の余韻に浸る間もなく、最後の目的地へ。船の出航時間は着々と迫っていた。
そして今回の旅で一番行きたかった場所。
「宿根木」という所です。
どうやら船乗りの方々が住む集落のようです。
圧倒。
古い街並みと言うのは大概、観光地としてそれに適応する形に変わっていくものだというイメージが有ったのですが、ここはそれが本当に最小限に抑えられていた。保存地域に指定され、観光地的な要素も有るには有るのですが、現在もこれらの建物に人が普通に住んでいるのです。
この写真は舗装されている道ですが他の通りには石造りの道が続き、そこは長年人が歩いてきた為に中央部分が逆アーチ状に磨り減っている。長い時間を重ねてきたのだという事がありありと伝わってくる。
呆気にとられながら路地から路地へと歩いていると、どうやら観光客らしき若い女性に会った。
携帯を見ている。
何気なくその横を通り過ぎると、彼女は目を上げNaoの方を見て「こんにちはー」と明るく声を掛けてきた。
僕らも反射的に挨拶を返す。
・・・そしてまた次の路地へと入る。
「・・・なあ。今のってさ、明らかに地元の人に間違えられたよな」僕は言う。
するとNaoが言う。
「だろうな。さっきも外国の観光客の人に写真撮られたよ。ちょっと罪悪感が有るな」
うーむ、楽しそうじゃねぇか。やはりその格好は正解だよ。
僕らの前を猫が通り過ぎ、港へ向かっていった。
17時の船に何とか間に合い、直江津港へ。
そして東京。



