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ruetaのブログ

BUMP OF CHICKENの歌詞解釈をする東大生るえたのブログ。
「わかったつもり」にならないようにわからない部分はわからないとしっかり書こうと思います。
「変な解釈してんな〜」くらいの気持ちで批判的に読んでください。
http://bump-todai.blog.jp/


Smile-bump
『Smile』は東日本大震災の義援金を集めるチャリティソングとしてリリースされました。

「がんばれ負けるな」とはっきりと励ますわけでもなく、
「みんなで力を合わせて乗り越えよう」と鼓舞するわけでもなく、
淡々と悲惨な現実を表したなんともBUMPらしい歌です。

Smile

心の場所を忘れた時は 鏡の中に探しにいくよ
ああ ああ
映った人に尋ねるよ

零した言葉が冷えていた時は 拾って抱いて温めなおすよ
ああ ああ
映った人に届けるよ

大事なものが大事だった事 赤く腫れた目 掠れた声
ああ ああ
映った人は知っているよ

まだ見える事 まだ聞こえる事 涙が出る事 お腹が減る事
ああ ああ
映った人が守ったよ

あなたにどれだけ憎まれようと 疑われようと 遠ざけられようと
ああ ああ
映った人は味方だよ

大事な人が大事だった事 言いたかった事 言えなかった事
ああ ああ
映った人と一緒にいるよ

心の場所を忘れた時は 鏡の中に探しにいくよ
ああ ああ
映った人に教えるよ

映った人に微笑むよ



 徹底的に配慮された唄


震災で例えば足を失った人に「どこまでも歩いて行こう」なんて曲を聞かせるのはひどく残酷なことです。
この曲は、本当に何も残されていない悲惨な人に対して、徹底的に配慮されています。


主人公ができることは
「見える」「聞こえる」「涙がでる」「お腹が減る」
これだけです。

曲を聴いてる人は当然「聞く」ことはできますし、涙を失ったり空腹がわからなくなることは稀な現象です。
「見える」ことに関しては、「鏡に映った自分」というテーマの歌なので視覚を失った人ははじめからこの曲には共感できません。この点については藤原さんも妥協したのでしょう。


体の自由を失い、大事な人も失い、孤独に絶望している人でも聞けるような曲なわけです。
(もちろん、小さい事で大きく悩んでいる人でも共感できる曲ですが)




「生きろ」のメッセージ

随所に「生きろ」のメッセージは織り交ぜられていますが、顕著なのはここでしょう。

あなたにどれだけ憎まれようと 疑われようと 遠ざけられようと
ああ ああ
映った人は味方だよ
どれだけ自分を嫌いになって信じられなくなって自分なんていなくなれと思ったとしても、自分は自分の味方だ、と当たり前のことを諭しています。




「零した言葉が冷えていった」とは?
零した言葉が冷えていた時は 拾って抱いて温めなおすよ
ああ ああ
映った人に届けるよ
発した言葉が誰に届くこともなく、役目を果たせず地面に転がっているような状態を、「言葉が冷える」と表現しているのでしょう。

結局それを自分で大切に持っておくしかないわけですね。寂しい。
 
 

「心の場所を忘れた」とは? 
心の場所を忘れた時は 鏡の中に探しにいくよ
ああ ああ
映った人に尋ねるよ
心の場所を忘れた時は 鏡の中に探しにいくよ
ああ ああ
映った人に教えるよ 
心が麻痺しているような状態のことだと思います。
物事に対して正常に心が働かなくなってしまって、もともとの自分の心をまるで紛失したような感じなのでしょう。

心はどこに置いていたんだっけ、わからなくなってしまった。自分の中を探してみよう。

こんな意味合いなのだろうと思います。


BUMPの曲は、「主人公が曲中絶望し続け最後に少し希望を見出す」という内容が多いですが、この曲も例外ではありません。


自分が確かに生きているという事実は確かにここにあるんだ、ということを認識し、
また、大事な思い出や感情を共有する大切な人である「自分」を最後受け入れて微笑む。

僅かな救いの光が差し込んで終わる、そんな歌です。