rayは愛しい喪失を超えて前向きに生きる、という素敵なテーマの歌です。
先日のSONGSでもMステでも演奏された曲であり、紅白でも演奏されるらしいです。最近のBUMPを代表する曲といったところでしょうか。
初音ミクとのコラボをした作品という謎な側面もある曲です。
痛みはなぜ忘れたって消えないのか。
rayの歌詞解釈、始めます。

ray
お別れしたのはもっと 前の事だったような悲しい光は封じ込めて 踵すり減らしたんだ君といた時は見えた 今は見えなくなった透明な彗星をぼんやりと でもそれだけ探しているしょっちゅう唄を歌ったよ その時だけのメロディーを寂しくなんかなかったよ ちゃんと寂しくなれたからいつまでどこまでなんて 正常か異常かなんて考える暇も無い程 歩くのは大変だ楽しい方がずっといいよ ごまかして笑っていくよ大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない理想で作った道を 現実が塗り替えていくよ思い出はその軌跡の上で 輝きになって残っているお別れしたのは何で 何のためだったんだろうな悲しい光が僕の影を 前に長く伸ばしている時々熱が出るよ 時間がある時眠るよ夢だと解るその中で 君と会ってからまた行こう晴天とはほど遠い 終わらない暗闇にも星を思い浮かべたなら すぐ銀河の中だあまり泣かなくなっても 靴を新しくしても大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない伝えたかった事が きっとあったんだろうな恐らくありきたりなんだろうけど こんなにもお別れした事は 出会った事と繋がっているあの透明な彗星は 透明だから無くならない◯×△どれかなんて 皆と比べてどうかなんて確かめる間も無い程 生きるのは最高だあまり泣かなくなっても ごまかして笑っていくよ大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない大丈夫だ この光の始まりには 君がいる
『寂しくなんかなかったよ ちゃんと寂しくなれたから』とは?
寂しくなんかなかったよ ちゃんと寂しくなれたから
寂しくなったということは、その前は寂しくはなかったことの裏返しでもあるので、『寂しくなれた』ことを通して寂しくなかったことを実感できたということでしょう。
お別れして寂しくなるほどの人がいたんだから寂しい人生ではなかった、という感じですね。
グッドラックの
泣く度に解るんだよ ちっともひとりじゃなかった
君がいる事を 寂しさから教えてもらった
この辺りの感覚と同じことですね。
なぜ「僕」は『痛み』が消えてほしくないのか?
まず前提として、
「僕」は悲しい過去をできるだけ思い返さないようにして来た結果、『痛み』を忘れてきています。
お別れしたのはもっと 前の事だったような
悲しい光は封じ込めて 踵すり減らしたんだ
・お別れしたことが実際よりも昔に感じられるくらい、傷が癒えている。
あまり泣かなくなっても 靴を新しくしても
・泣かなくなったし、これまでの歩みを思い起こさせる「すり減った靴底」を靴を新しくして見られなくしてしまう。
このようにして、「僕」は『痛み』を忘れてきています。
普通、痛みは消えてほしいものなので、「僕」のこれらの振る舞いは普通のものです。
しかし、「僕」は『痛み』を忘れていくことをまるで後ろめたく思っているようです。
楽しい方がずっといいよ ごまかして笑っていくよ
大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない
このように「僕」は『痛み』を大切だと思っています。
なぜならば、「僕」が『痛み』を感じる原因の『悲しい光』の光源は「君と別れたこと」だからです。
お別れしたのは何で 何のためだったんだろうな
悲しい光が僕の影を 前に長く伸ばしている
『宇宙飛行士への手紙』にも共通する、藤原さんの独特な世界観の一つ、「思い出が光となって後ろから自分を照らしている」という考え方ですね。
お別れした時の思い出の光が道に残っているわけです。
『影を前に長く伸ばしている』ので、「僕」が後ろを振り返らず前向きに生きていることがここからもわかります。
『あの痛みは 忘れたって消えやしない』とはどういうことか?
感情を揺さぶるような出来事は、多少なりともその人の人生や人格を左右します。
「今まで起きた大切な出来事」のうちの一つがもし起こらなかったら、その人の人生は別のものになっていたでしょう。
この詩の場合、
君ともし出会わなかったら、そして別れなかったら、今の自分はいなかった
ということになります。
だから、「君を失った喪失感(痛み)を忘れていったとしても、痛みは消えないだろう」ということなのでしょう。
いわば、痛みはすでに自分の構成元素になっているような感じです。
まとめると、
君と別れた悲しみを忘れていったとしても、今の自分を形作る要素の一つは確実に「君といたこと」なので、忘れても大丈夫だ。
多少僕の主観が入ってしまった気がしますが、大体こんな意味だと思います。
『夢だと解るその中で 君と会ってからまた行こう』とは?
夢だと解るその中で 君と会ってからまた行こう
言い換えるなら、「夢だと自覚した上で、君と夢のなかで出会ってからまた出発だ」といった感じでしょうか。
やっぱり「君」のことは吹っ切れているんでしょうね。
少なくとも、『ロストマン』ほどの「君」への会いたい気持ちはありません。
よくわからない部分のまとめ
・この部分の役割
しょっちゅう唄を歌ったよ その時だけのメロディーを
時々熱が出るよ 時間がある時眠るよ
「君」と別れた後も僕は普通に生きていけてしまっている(痛みを忘れている)、ということを表しているのでしょうか。
・銀河とは?
晴天とはほど遠い 終わらない暗闇にも
星を思い浮かべたなら すぐ銀河の中だ
単純に「星(思い出)を思い出そうとしてみれば、輝きになっている思い出たちが次々と浮かんできて、それは銀河のようだろう」と言っているのでしょうか。
しかし、銀河というと360°広がるイメージがあるので、軌跡の上で光る思い出とはちょっと合わなさそうです。
すると、人を星に例えているのでしょうか。
「暗闇で自分一人孤独だと思ってしまっても、見ようとすれば辺りには星(人々)がいるだろう」といった感じでしょうか。
・こんなにも・・・何だ?
伝えたかった事が きっとあったんだろうな
恐らくありきたりなんだろうけど こんなにも
「君」が「僕」に何か伝えようとしていたことを思い出していて、その内容はありきたりなものだろうと推測しているのでしょうか。
それとも、「僕」が「何か君に伝えたかったことがあった気がする、それはありきたりなことだった気がするなあ」と思い返しているのでしょうか。
主語も伝えたい内容もわからないので、『こんなにも』の後を補うことも出来ません。
・『透明な彗星』とは?
君といた時は見えた 今は見えなくなった
透明な彗星をぼんやりと でもそれだけ探しているあの透明な彗星は 透明だから無くならない
『透明』ということは実体がない、つまり何かのメタファーということでしょう。
これは「天体観測」の『イマというほうき星』なんじゃないかと思います。(直感で根拠はないです。)
君と別れた後、今が曖昧になってしまい見えなくなってしまった、ということかなあと思いますが、僕は天体観測の歌詞がまるで理解できていないので、考察がここで止まってしまっています。
BUMPはたまにこうやって他の曲から意味を引用してくるので気が抜けません。
おわりに
「ray」はもともとは「記憶の光芒」というタイトルだったようです。
rayについて、BUMP OF CHICKENインタビュー藤原「これはね、アルバムのタイトルも『 RAY 』だし、「ray」って曲もあるんだよね。先に名前がついたのは曲の方で、最初はね、「記憶の光芒」ってタイトルがついていたんですよね。」藤原「あんまり聞き慣れない言葉かもしれないけど、直線的な光のことね、はい。光線的な意味を込めて、なんか最初につけたタイトルがちょっと違うなって思ったんで、もっと分かりやすいタイトルの方が良いなって、いろいろ考えた結果、「ray」っていう風になりまして。(後略)」
記憶から直線的な光が伸びているという考え方は、僕ははじめ違和感を感じましたが今ではかなりしっくり来ています。
また、『生きるのは最高だ』なんて、最初聴いた時はびっくりしました。思わず作詞が誰かチェックしました。
藤原さんがこんな言葉を使うようになったんですから、やっぱり昔からどんどん変わってきているなという印象を受けます。それでいて歌うテーマ自体は何ら変わっていないので安心もします。