要らない服をホームレスに | 流英の適当ブログ

要らない服をホームレスに

 昔「要らん物はコメ兵へ売ろう」というCMを流していたのは、全国に知られるようになったコメ兵ですが、今では綺麗な高級ブランド品しか買い取ってくれない店へと成り上がりました。大変喜ばしいことですね。さっさと潰れれば良いのに!

 私は中学の頃からほとんど体形が変わっていません。ですから、同じ服を何年も着続けていました。しかし近年は、年に数着は新しい服を買っています。そのたびに、まだ着れる服を捨てることに心苦しさを感じていました。どうしたものかと思いましたが、私の服は当然買い取ってもらえないので、ホームレスにあげることにしました。

 何年前からかは分かりませんが、近所の広い通りを生活拠点としているホームレスが居ます。たまに道の真ん中でへばっているので、その存在はずっと気になっていました。一度「岐阜から来たのだが帰るお金がないので貸して欲しい」と、声を掛けられたことがあったような気がします。当時は私も専らお金節約で歩いて移動をしていたし、見るからにホームレスのようでしたから無視した記憶があります。
 私が知る限りでは、私が利用する地下鉄の駅が南で、北は2駅先まで歩いているようです。持ち物は鞄一つでした。自転車が無いので、アルミ缶集めもしているようではありません。日々どうやって飢えをしのいでいるのか気になります。おそらく収入は無いのではないでしょうか。しばらく姿を見ていなかったのですが、最近また見かけるようになりました。相当飢えているのか、道端に座り込んでいる姿を何度か見かけました。雨の夜には、商店街の店の屋根の下で寝ていました。
 今回見るに見かねて、要らない服の処分も兼ねて、そのホームレスが寝ている足元に、服が7着とジーンズ2着を入れた紙袋を置いてきました。おそらく服よりも食べ物が欲しいのではないかと思いましたが、私も親のスネをかじって生活している身でありますし、自分自身が食事を我慢して生きているので勘弁してもらいました。炊き出しの日程と地図を付けてやればよかったと、後になって気づきました。

 翌日、寝ていた地下鉄の駅前を見に行きましたが、すでにそこには居ませんでした。どこへ行ったのだろう?荷物は受け取ってくれたのだろうか?と自転車を走らせていると、道端に座り込む人影が見えてきました。すれ違いざまに覗き込むと、お腹の所には私が置いてきた紙袋が抱えられていました。親切の押し売りではありましたし、勝手に置いてきてしまったのですが、受け取ってくれたようでよかったです。飢えで体力が落ちている中、私が持っても重たいと感じる荷物を増やしてしまって、少しばかり申し訳なかったかなと反省しています。
 声を掛けてあげても良いのですが、とくにホームレス支援をしているわけではありませんし、保健所に連絡することくらいしか私には出来ませんから。必要であれば自分で助けを求めるでしょう。必死に生きているのですから、それくらいのことはすると思いたいです。今、何を想い、何を考えて生きているのか、非常に興味深く、関心はあるのですが、頼られても困るのでこれからも声を掛けられないでしょう。彼はなぜホームレスになってしまったのでしょうか。

 彼が座り込んでいる近くには派出所がありました。少し行ったところには区役所があり、そこに保健所もあります。なぜ行政に係わる人間は、誰一人彼の存在に気づかないのでしょうか。気づいていても、無視をしているのでしょうか。自分から助けを求めないと、手を差し述べてはくれないのでしょうか。2ヶ月ほど前には地方選挙がありました。ある政治家は格差是正を訴えました。その支持者も多く住んでいるはずですが、誰一人助ける気配はありません。政治家の話を聞いていても、底辺に落ちた人間が具体的にどう救われるのか、残念ながら何も伝わってきません。行政にも政治にも期待できない人間は、自力で何とかするしかないのでしょうか。自助努力は必要でしょうが、それだけではどうにもならない人間を、たくさん見かける今日この頃です。

 正直、私自身、明日はわが身の状態ですから、どん底に落ちないように頑張って生きていこうと思います。