こんにちは!今朝は埼玉県朝霞市膝折の子之神氷川神社にて清掃奉仕活動をしました。

子之神氷川神社を参拝した後、ロードバイクに乗り

子之神氷川神社から5分程の所にある小さな稲荷神社を数日前に発見したので行ってみました。


埼玉県朝霞市幸町の住宅地の中にひっそりとありました!緑ヶ丘稲荷神社です。小さいながらも伏見稲荷を思わせる連なった赤い鳥居もしっかりあります。



祠にも沢山のお稲荷様が奉納されていて

周りも綺麗に管理されていて愛されているお稲荷様なのだなぁーと感じました。





そして、いよいよメインイベント?の

埼玉県朝霞市宮戸にある天明稲荷神社の宮司さんが

兼務されている五社を巡るサイクリング🚴です。


夏休みなどにはこちらの宮司さんが考案されたのかな?のスタンプラリーを始め、五社の御朱印も

こちらの天明稲荷神社で拝受でき、全てコンプリートしますと、満願札も頂けるそうですよ!





本来のルートが分からない為、五社の内近い神明神社からスタートする事に決め向かいました。


埼玉県朝霞市田島  田島神明神社。


創建年代不明。

当社の別当寺であった富善寺(1617年 元和3年開基)以前に創建されたと推定される。

もともとは久保(現在の朝志ヶ丘一丁目付近)に鎮座していたというが、いつの頃か現在地に遷座。

明治初年に富善寺から離れ、村社列格。

しかし、明治40年の神社合祀令により、浜崎の氷川神社に宮戸熊野神社と共に、三柱神社として合祀された為、跡地は遥拝所として残されました。

当地の人々は合祀に反し、昭和17年に宮戸熊野遥拝所が志木町宗岡村字袋の天津神社を移転した事に習い、その天津神社の御霊を分祀してもらう事で、代わりに当地の鎮守として祀った経緯がある。

昭和31年、三柱神社(氷川神社)より神明神社御祭神を返還してもらい、現在に至るそうです。





左側に摂社が連なった4社と稲荷社。

神明社なので御祭神は天照大神様ですよね。

他に面足尊(おもだるのみこと)様。


2番目はこの田島神明神社から自転車で2分

美女神社へ向かいます!


朝霞市田島 美女神社。


創建年代不詳。

同神社は「うつくしさま」と親しまれ、祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)です。一説では「いちきしま」が「いつくしま」となり、「うつくしさま」に転化し、「美女」になったとも言われております。市杵島姫命を祭る神社は全国にたくさんありますが、厳島神社になることが多い中、当社は神社庁が包括する全国約8万社の中で唯一「美女」が付く神社です。

子どもの神様とも言われ、疱瘡やはしか、百日咳になったときは、社殿の大きな鈴についている布を腕に巻いてお願いすると、痕が残らず美女になると言われ、はしかが流行すると列を成してお参りし、病気が治るとお礼参りをして、新しい布を奉納したと言い伝えられています。現在も、赤・白・青の布が残されています。

現在でも子供の七五三の時などには参詣する人が多く賑わいを見せます。

徳川時代の地誌「新編武蔵風土記稿(1830年)」には、

「美宮ハ村ノ北ニアリ宇津久志ノ宮ト云ウ」

と記されています。


祭神 市杵島姫命様



続きまして、3社目の内間木神社へ向かいます!


埼玉県朝霞市上内間木 内間木神社。


古来重殿権現社(じゅうどのごんげんしゃ)と呼ばれてきましたが、創立年代は不詳。明治6年4月村社として内間木神社と改称致しました。

明治40年には、上内間木字屋敷添の稲荷社と字厩尻(うまやじり)の厳島(いつくしま)社を境内社として合祀致しました。

現在の社殿は、昭和57年に旧社殿が昭和54年10月19日の台風20号により倒壊したため、建替えられました。旧社殿には、現在朝霞市の文化財に指定されている大絵馬が天井に所狭しと飾られていました。大絵馬は現在朝霞市の博物館に保管されています。

小字が松ノ木の由来は境内に千年を越す大きな松の木が昭和25年頃までそびえていた所から名付けられました。

御祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)です。第12代景行天皇の皇子で九州の熊襲(くまそ)を始め全国各地に転戦し平定致しました。有名な草薙剣(くさなぎのつるぎ)(三種の神器の一つ)は、日本武尊が駿河(静岡県)の焼津(やいづ)で賊の火責めに会った時、まわりの草を神剣で薙倒して難を逃れた事に由来します。


祭神 日本武尊様。



社殿は小ぢんまりですが、参道が

思いのほか長いです。一の鳥居から二の鳥居まで

50メートルくらいはありますかね?

二の鳥居から石階段を上がると本殿です。右側に稲荷神社もあります。

神社の周辺は倉庫などが多く荒川と新河岸川の

丁度間になります。


そして4社目は宮戸神社です。


埼玉県朝霞市宮戸 宮戸神社。


古くは熊野権現として親しまれ、宮戸地区の氏神様として祀られ、明治40年の神社合祀令により浜崎の氷川神社、

田島の神明社と共に三柱神社として合祀されました。その後昭和17年に志木町宗岡の天津神社を移転し天津神社とし、翌年の18年に志木町宗岡の稲荷神社を合祀し宮戸神社と改称されたそうです。


そんな歴史から

祭神には

面足命、伊奘諾命、伊邪那美命、稲倉魂命、高良玉垂姫命


となります。


平成5年7月には神社本庁より第7期神社振興対策指定神社の指定を受けモデル神社となっているとのこと。


住宅地側から車が入れる駐車場がありますが

本来の正面は道路からすぐやや急な石階段を上がります。見落としてしまいやすいですが、石階段を上がった鳥居のすぐ両脇に狛犬様達がいらっしゃいました。

もう少し位置が後ろの方が良かったのでは?と

思ってしまいました。




本殿左側に社務所のような建物があり、右側には

ずらりと摂社が連なっておりました。





手前から奥に向かって

神明社、御嶽神社、日王子神社、白山神社、天神社、

水神社、弁天神社、護国神社

となり、本殿裏手には稲荷神社があります。









いよいよ、ラストの5社目天明稲荷神社です!


埼玉県朝霞市宮戸 天明稲荷神社。


創建年代不明。

柳澤清五郎の屋敷神であった。

柳澤の先祖が山林で白狐の死骸を

発見したがその白狐は並外れた野孤で

あった事から祠を作って手厚く祀ったそう。しかし、その山林を柳澤家は

売却してしまったが、柳澤所縁の老人から

「我は天明年間(1781-89)に妻恋稲荷から箭弓稲荷に遣わされた白狐である。故あって柳澤家を守護する稲荷となったが、稲荷の屋敷をほかに売却したことはまことに都合が悪い。速やかに買い戻すべし。」とのお告げに従い買い戻した。

大正5年に天明稲荷神社と命名した。


祭神には

大祖参神、天照大神、月読尊、彦火邇邇杵命、木花開耶姫、宇迦御魂神






屋敷神だけあって大きなお屋敷の土地の中に鎮座されているお稲荷ですね。二の鳥居の前に沢山のお稲荷様がいらっしゃって、なかなかの見応えでした!本殿右側が社務所になっており、こちらで御朱印など拝受できます。



お賽銭箱の横にもおみくじなどあり、

小さくても立派な手水舎があり、お狐さんからお水が出てくるんですよー!



数人入ればいっぱいになってしまうような狭さは

ありますが、お稲荷様もお力があり信仰の厚さも感じられる場所でした。


今回は自転車で巡りましたが、徒歩だと1日かかりそうな距離ですね。


七福神巡りはよく聞きますが、御朱印の5社巡りを

しかも、こんな近場であるとは驚きでした!


朝霞の歴史を巡るようなサイクリング、また

春先に行ってみたいと思いましたー!