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ヤウのあれこれ

偏差値38の元落ちこぼれが色んなことについて書いてみる

どうも皆さん、ヤウです。

 

著者からの返信は以下のようなものだった。

 

「頂いたメッセージ、嬉しくて何度も読み返しました。この本は私と同じような状況にある人たちのために書きました。人生で最も勇気づけられた瞬間、そんな瞬間を作り出すお手伝いが出来たのであれば、著者として最高の喜びです。」

 

自分の人生を救ってくれた本に出合えたこと、そしてその本を書いた人から直接返信をもらえたこと、このことに感動しきりだった。

 

就活全滅の後、海外大学院留学。

 

その選択肢がまだ残されている。

 

進むべき道はこれしかない。

 

そう決断した。

 

今までも、留学という選択は頭の中にないわけではなかった。大学時代、英語はずっと好きで勉強していた。(英語の勉強については、また別の機会にシリーズで書きたいと思う)

 

そのため、幸いにも英語に対してはあまり抵抗がなかった。大学院の志望動機や学びたいことなどを書かなくてはいけないのだが、それは就職活動で散々書いた経験があったので、書きやすかった。

 

何かで苦労した経験というのは、後々役に立つことが多いのかもしれない。

 

大学院への留学はさらに大学教授の協力も必要だ。推薦状を書いてもらわないと大学院へ願書を出すことができないからだ。

 

ゼミの教授と英語のクラスの教授にそれぞれ推薦状を執筆してもらった。

 

並行してゼミの卒業論文の執筆も控えていたため、非常に忙しい日々が過ぎていった。志望動機を必死で書き、英語の勉強も進めTOEFL/

IELTSで求められている点数を取得するために、テストを何回か受けた。

 

数か月かけて書類をすべて完成させ、大学院に提出した。

 

あの時の何とも言えない感覚は、一生忘れることがないだろう。就職活動でうまくいかない間、ずっと体全体に力が入っていた。常に何かに身構えていないといけないような気持になっていた。

 

心が休まる瞬間が全くなかった。

 

落ち続け、体は硬直し、心もどんどん沈んでいき、本当に負け犬になっていた。どんなに一生懸命やっても、その負け犬の状態から抜け出すことはできなかったのだ。

 

それがようやく落ち着くことができた。就職活動から大学院留学まで一生懸命やってきたが、心を休められるついに瞬間がやってきた。

 

全身の力がフッと抜けるあの感覚は一生忘れることがないだろう。

 

願書を提出してからしばらくの間は少し心が楽になっていたが、一方でとてつもない不安が徐々に襲ってくることになった。

 

大学院の希望は6つ出していた。

もちろん自分のレベルにあった大学院、合格確率の高いところには出していたものの、結果は誰にもわからない。

 

当然だが、すべて落ちる可能性もある。

大学はもう卒業することが決まっていたのでニートになるしかなかった。紆余曲折あったものの、とりあえずそれなりの大学に行って就職活動で失敗し、最終的にはニートになるしかないという状況は堪えられないほどつらいものだった。

 

大学院にすべて不合格になったら、ニートになるしかない。そうなった場合、自分の存在意義がすべて消し飛んでしまうようで怖くてたまらなくなっていた。頭の中にずっと不安はあったものの、なるべくそれを考えないようにしていた。

 

今まで泥沼にはまったかのように苦労してきて、さらに大学院に不合格になった場合には自分の人生はこれで本当に終わってしまう。

 

恐怖感が募り、将来のことは一切考えないようにしていた。

 

願書を出したのは9月ごろ。

 

年も明け、ネットを見ているとあの本の著者が日本に来るという情報を手に入れたのだった。。。