みなさま、こんにちは。
前回のブログにて、子育てに成功も失敗もない。成功しなきゃって思っての育児は、辛くなる、というようなことを書きました。
後で読み返して、あ、これじゃいけない、このまま止めちゃいけない、と思ってこのブログを書いています
訂正、というか、補足しておかなきゃ、と思うことがあります。
子育てに成功しなきゃって思わない方がいい、というところ。
ここ、「成功したい」って、思ったっていいんだよ、に変えさせていただきます
成功したいって思っていいし、失敗したくないって思ってもいい。
だって、成功したいってことは、子供に幸せになってもらいたいっていう、愛の気持ちからくるもの。(まだまだ愛という言葉を使うのにムズムズする私です
)
幸せって、何かって言うと、一人一人違うけど、子供にとって幸せだなって思えるところまで、親としては、成長を見守りたい、と言うのは、当然の気持ちで、あったりまえの気持ち。
それを、「そう思わないで」なんて言われたって、それは出来ないよねえ

あ、間違えたなって。
で。訂正させていただきますね。
でも、子育てでスムーズにいかないこと、まるで子育て失敗したかと思うような出来事、日々いっぱいあります。
そう言う場面では、いつも、子供がこうしたいってことと、親が子供にこうして欲しい、こうなって欲しい(愛の気持ちから)という思いが、ズレていることが多々あります。
子供の主体性を尊重したい。
でも、自分の気持ちも尊重したい。
両方尊重すればいい。
でも、時にそれは、相反することがある。
合致しないことがある。
そう言う時は、写真をフィルターかけて加工するときのように0から100の間で、スライダーを、ちょうどいいところまで動かせばいいのだ
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ちょっとわかりにくいかな〜。
0か、100か、ではなく、
自分の中の、「この辺が心地いいなあ」っていう着地点を、自分の中で決めるってこと。
それは、日々、いろんな場面場面で変わってくることだし、「私は絶対的にここ」って決め切ってしまうものでもない。いつだって、今はこの辺、今日は子供寄りの日、この時間帯はママ寄り
って、自分で、スライダーをちょいちょい、動かしていけば、いいんでないかな。動かした後で、訂正したっていい。
でも、そのスライダーに、根拠がある時もあるし、ない時もある。
根拠に従うもよし、自分の勘に任せるもよし。
こんな感じで行ってみたら、子供との関係性としていい感じではないかな
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先日、またまたNHKで、引きこもりのことをやっていました。
「8050問題」と言って、80歳の親が、50歳のひここもりの子供の面倒を見ている、という社会問題。
そして例えば親が病気になって入院した時なんかに、生きる術がない子供は、食べることもままならないまま、孤独死するケースもあるそう。。
うーん。。。
当事者の親の気持ちを考えると、私は前回のブログを削除しようかと思いました。
(が、やめました)
誰が望んで、こんな状態になりましょうか。
なぜここまで、なってしまったのでしょうか。
なんか出来ることはなかったのでしょうか。。。。
生半可に、子育てに成功も失敗もない、それでいいんだよ、なんて、軽々しく言えないなあと、今、反省しています。。



