今日は、姓名を変更したときのお話です。

 

姓名を女性名に変更したいとずっと思っていた

ので、昨年10月に、まず、健康保険証からはじめました。

とういのも、厚生労働省から、性的マイノリティーの人が

自認する姓との不一致で、病院に行けなくなるといった状況を

さけるということで、保険証に通称名を記載する(裏面に戸籍上の

姓名を記載)ことを認める通達を平成29年9月ごろに

だいしていたのです。

 

本当は姓も変更したかったんですけど、実際に女性名が

使われている証拠書類が必要で、姓から変えてしまうと

郵便物が届かなくなる恐れもあって、姓名の名だけを

変更しました。

社会保険だったので、協会けんぽへ電話したところ、

社会保険事務所へ電話して下さいと言われ、社会保険事務所に

電話したところ、戸籍上の名前が変更されてなければ、協会けんぽ

が担当ですと、お役所のたらいまわしに。

結局、社会保険事務所の人から協会けんぽに連絡を取って

もらって、やっと手続きできました。

 

銀行の通帳、キャッシュカード、クレジットカードなど、

手続きには、本人確認の書類が必要で、普通に使われる

運転免許証やマイナンバーカードなどは、戸籍変更するまでは

使えず、唯一この通称名に変更できた健康保険証が諸変更の

ベースになりました。

 

まず、10月末に三菱UFJ銀行、12月にゆうちょ銀行の口座、通帳を

名義変更、クレジットカードも入手出来ました。

外で、お買い物をカード支払いするときの女性名のカードが

つかえます。

 

また、なにか思いいたら書きますね。

 

ずっと考えていて、なかなか勇気がなくて決断出来なかった

顔の脱毛を初体験しました。

一週間に一度女性ホルモン注射をお願いしている診療所で

脱毛が出来るってことで、思い切ってお願いしました。

痛かったですが、これを何回か我慢すれば、嫌で嫌で仕方がなかった

毎日のひげそりから解放されると思うと、どのくらい痛くても

我慢できるっておもいました。

 

22回目のホルモン注射もお願いしました。

 

この年齢で、ブログに手を染めるのは大変です。

なにから初めて、止まってしまったときになにをどうしたら

いいのか、恐る恐ることを進めていく毎日になりそうです。

 

新年元旦からブログを始めたかったのですが、暮れも押し迫った

31日に新型コロナに感染してしまい、やっと療養明けに

なりました。コロナの後遺症か、なかなか気力が出ず、やっと

今日、そろそろはじめなきゃって、気力をふりしぼっている

ところです。

 

さて、本題です。

48歳のころ(25年ほど前)から、自己責任で個人輸入の

低用量ピルの服用をはじめたトランスジェンダーMtFです。

結婚歴43年です。

妻にはカミングアウトしましたが、フルタイムの女性化は生理的に

受け入れてもらえず、外で勝手にやってといわれて、不安定な

日々が続いていました。

 

が、2022年1月、この状況を打ち開くために、きちんと

心療内科を受診し、正式に性別違和を確認してもらおうと

思い、浦安の心療内科の受診をはじめました。

このまま、不安定な状態で女性化も進まず、きちんと受け入れて

もらえないままで死にたくない、女性として死にたい、棺桶に

入るときは女性でと思ったからです。

72歳の決断でした。

 

6月までかかりましたが、1ヶ月に1回から2回の受診の

後、浦安ジェンダー学会から性別違和の診断書を頂きました。

それから、昨年暮れまで、一週間に1回のペースで女性ホルモン

プロギノンデポー10mlを1アンプル注射してます。21回になります。

 

長くなりました。ごめんなさい。

いままでのこずたんを知っていただきたくて、ごくごく大きな流れの人生を

綴らせていただきました。

 

慣れないこと、初めてのことで、いろいろご迷惑をおかけしたら、不愉快な思いを

させてしまうことになったりするとことあると思いますが、お許しください。

ゆっくりと、焦らずに、これから先の人生頑張っていきます。