私の子供時代(登校拒否)48(最終回) | *ルビーテッククリニック*院長のコラム

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それからは取り立てて勉強をした覚えがなかったが成績簿は全甲で小学校をおえた。当時朝日新聞が主催して行っていた健康優良児のコンテストが全国的に行はれていたが、学校の代表となり郡の代表まではパスしたこともあった。


また、当時から進学校として難関であった浜松第一中学への入学を果たしたのであった。


ここで、登校拒否について私なりに考察しまとめて、ひと区切りとしたいとおもいます。


登校拒否は深刻な理由なく簡単に起こしてしまうことを、保護者も教師も知る必要がある。


周囲が騒ぐとエスカレートしてしまい、本人は猶更学校に行く気持ちにならない事を関係する人達は理解しなくてはいけない。


性格的なものもあるが、登校を強要すると逆効果になる。

家では非行に走ることなければ自分が好きなことに没頭させる。


但しTVやゲームでは将来役立たない。


かなり大きなインパクがあると、解消する切っ掛けとなる。その時
ビシッと意見できる怖い人の存在が必要である。


次回から当クリニックで新たに始まったPBSについての解説を判りやすく行うことにします。
引き続きご愛読をお願いいたします。