沖縄発 コーチという生き方

沖縄発 コーチという生き方

人が天から与えられているギフト(可能性)に気づき、本来の自分を生きることをサポートする

これが、オフィス ユリイカのミッションです。


■ 答えは、その人の中にある

 

私は面談をするとき、いつも大切にしている言葉は・・・

(耳たこかもしれませんが 笑)

「答えは、その人の中にある。」

だから私の役目は、答えを教えることではなく、
その人が自分の答えに出会えるように耳を澄ませることです。

不思議なことに、その姿勢で関わっていると、
時々思いがけないことが起こります。


■ クライアントの言葉が、自分へのメッセージになる

今の自分が向き合っている課題を、
クライアントが何気なく話し始めることがあります。


先日の面談でも・・・


「コントロールを手放す 人生を変えたのは、これなんですよね~」

「ヨガでは基本に戻ることが一番大切なんです」


その言葉を聞いた瞬間、

「あ、これは今の私へのメッセージだ!」

と感じることがあります。


もちろん、クライアントは私に伝えようとして
話しているわけではありません。

その人は、その人自身の人生を語っています。


でも、その言葉に耳を澄ませていると、
不思議なくらい今の自分に必要なメッセージが
そこにあるのです。



■ 面談は、一人だけの学びではない


面談では、クライアントが自分の答えを見つけていきます。


そして、その隣で私自身も、
自分の大切なテーマに気づかされることがあります。


クライアントが一歩前へ進むとき、
私もまた一歩成長させてもらっている。

そんな瞬間に出会うたびに、

「なんてありがたい仕事なんだろう」と心から思います。

これもまた「天の采配」なんでしょう。


見えざる大いなるものにゆだねることに、
気づくことが、後半戦の人生の鍵かもしれませんね^^

 

─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

─────────────────────
 


 

■答えはあなたの中にある


37歳のとき、私はコーチングに出会いました。

「答えはあなたの中にある。」

その言葉に、なぜか心が震えました。


人は誰かに答えを教えてもらうのではなく、
自分の中にある答えに気づいていく。

その考え方が、とても自然で、美しく感じられたのです。



■ たくさん学んで、戻ってきた場所


あれから20年以上。

コーチとして、キャリアコンサルタントとして、
たくさんの方と出会い、
知識や技法を学び、資格を取り、経験を重ねてきました。

そして60歳になった今、
改めて大切にしているのは、
最初に心を動かされた、あのシンプルな言葉です。

「答えは、その人の中にある。」



■ 「信じたい」から「信じている」へ

20年前の私は、

「答えはその人の中にある。
その答えを信じたい」

と思っていました。


でも今は、

「信じたい」のではなく、
心から「信じています」。


人は、自分の中に答えを持っている。


そして、たとえ思い通りにならないことが起きても、
そこから新しい意味を見つけ、
自分の人生を紡いでいく力を持っている。


それを教えてくれたのは、
この20年で出会った、たくさんの方々でした。


■そして「知っている」へ


20年かけて、

ずいぶん遠くまで歩いてきたようで、
結局、最初の場所に戻ってきたのかもしれません。


でも、少しだけ違います。

37歳の私は、
その言葉を「素敵だ」と思った。

60歳の私は、
その言葉を「知っている」



「答えはあなたの中にある。」

これからも、このシンプルな言葉を胸に、
一人ひとりと向き合っていきたいと思います。


─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

─────────────────────

 

■その傷を深くしたのは、私自身・・・?



先日、ある出来事がありました。

相手に悪気はありません。
でも、何気ない一言に心がチクッとしました。


その場の空気を壊したくなくて、
私は笑って受け流しました。


ところが、その笑顔を「大丈夫」と受け取られ、
同じ言葉をもう一度言われたのです。


家に帰ってから気づきました。


傷ついたのは最初の一言。


でも、その傷を深くしたのは、
「大丈夫」と笑ってしまった
私自身だったのかもしれない、と。




■ 優しさと我慢は違う


私はこれまで、相手を悪者にしたくない一心で、
自分の気持ちを飲み込むことがありました。


でも、それは優しさではなく、
自分を後回しにしていただけだったのかもしれません。


今回は、それに気がつきました。

「もう、ここでもいい人をやっちゃてる・・・
 優しさと我慢は違いますよ」



常に私がクライアントに言っている言葉です。


自分の放った言葉が、ブーメランのように
自分にはねかえってきますね。


支援者あるあるです(笑)



今日の気づきは、

「笑顔で飲み込まない。」

これは、私がこれから大切にしたい、新しい合言葉です♪


─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

─────────────────────

 

■ AIの進化にワクワク


最近、AIについて学ぶ機会が増えています。

私たちの業界では、

「これからはAIが使えるキャリアコンサルタントが
 求められる。」


そんな言葉もよく耳にします。


さらに最近は、

AIエージェントが人に代わって仕事を担う時代が、

もうやって来ていることも学び始めました。


私は、その変化を不安よりも
ワクワクしながら見ています。


AIと人が競い合うのではなく、
AIとパートナーシップを組み、
それぞれの得意なことを生かしながら、
一緒に未来を創っていく。


そんな時代が始まろうとしていることに、
大きな可能性を感じています。


■ 私が目指したいのは「橋渡し役」


でも私は、少し違う未来を思い描いています。

「AIが使えるキャリアコンサルタント」

になることよりも、

「AIと人をつなぐキャリアコンサルタントでありたい」

そう思っています。


私は、AIを「答えを出す道具」
として使いたいのではありません。

その人の思いや気持ちを整理し、
自分らしい答えを見つけるためのパートナーとして
活用したいのです。


なぜなら、

「どう生きたいのか。」

「何を大切にしたいのか。」

その答えは、やっぱりその人の中にあるからです。


AIという力を借りながら、
その人の中にある想いや答えを、一緒に言葉にしていく。

そんな橋渡し役でありたいと思っています。



■ 人だからこそ届けられるもの

AIは、情報を整理したり、視点を広げたり、
アイデアを生み出したりすることが得意です。


でも、

安心して話せること。
気持ちに寄り添うこと。
その人らしさを信じること。

「あなたなら大丈夫」
と、心から伝えられること。

それは、人だからこそ届けられる価値なのでは
ないでしょうか。

AIが進化すればするほど、
人にしかできないことの価値は、
ますます大きくなっていくような気がしています。


■ AIと人が、一緒に未来をつくる


AIか、人か。

どちらかを選ぶ時代ではなく、

それぞれの良さを生かしながら、
その人らしい未来を一緒につくっていく時代。

私はそんなふうに感じています。


だからこれからも、

AIを便利なツールとして活用しながら、

人の気持ちに寄り添い、
その人自身が納得できる答えへと
つながるような関わりを大切にしていきたいと思います。


AI時代だからこそ、人のぬくもりを忘れない。


そんなキャリアコンサルタントで
あり続けたいと思っています。

─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

─────────────────────
 

■「いいこと」をしているのに、心が重くなる理由

先日、自分の中にあるモヤモヤを整理するために、
久しぶりにセルフワークをしてみました。

ある出来事について考えるたびに、
胃のあたりが重くなり、黒い塊のようなものを感じたのです。

「この黒い塊は何だろう?」

そう思い、その塊を一人の存在として対話してみました。
すると、意外な言葉が返ってきました。


「私は、あなたの我慢を引き受けてきた。」


その言葉に、思わず涙が出ました。


■ 頑張るたびに、少しずつ積み重なっていたもの


私はこれまで、

「迷ったらやる」
「自分で始めたことは最後まで責任を持つ」

そんなことを大切にして生きてきました。


もちろんその姿勢に助けられたこともたくさんあります。

そして私の「美学」とすら思い、誇りをもっていました。


でも、その裏では、

「私さえ我慢すればいい。」
「これくらいなら大丈夫。」

そんな小さな自己犠牲も積み重ねてきたことに
気づきました。


一つひとつは本当に小さなことです。


でも、その積み重ねが、
自分の中で少しずつ「黒い塊」になっていたのでした。



■ 黒い塊は悪者ではなかった


その塊は、私を責めることはありませんでした。

むしろ、

「今までよく頑張ってきたね。」

そう言ってくれているようでした。


私はその塊に、

「今まで私を守ってくれてありがとう。」

と伝えました。


すると、その黒い塊は少しずつ薄くなり、
煙のように溶けていくイメージが浮かびました。



■ 徳を積む相手は、自分も含めていい


私は昔から、

「徳を積む」

という言葉を大切にしています。


人に親切にすること。
人の役に立つこと。


それは今でも、私が大切にしている生き方です。


でも今回、こんなことに気づきました。

自分を大切にすることも、
徳を積むことなのではないか。



自分の小さな「やりたくない。」
自分の小さな「疲れた。」
自分の小さな「本当はこうしたい。」


そんな声を無視せずに受け止めること。


それもまた、自分への思いやりであり

「自分自身に徳を積むこと」

なのだと思います。


私はキャリアコンサルタントとして、

「まずは自分を大切にしてくださいね。」

と、相談者さんによくお伝えしています。


でも、その言葉は、そのまま今の私への
メッセージでもありました。

支援者あるあるですよね(笑)


もし今、胸の奥に理由の分からないモヤモヤを
感じている方がいたら、
一度その声に耳を澄ませてみてください。

案外、その奥には、長年あなたを支えてきた
「もう一人の自分」がいて・・・

その声に気づけたとき、
自分への向き合い方が少し変わるのかもしれません。


─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

─────────────────────

 

■ 面談が下手になった?


最近、面談が下手になったのかな~と
思うことがあります。

以前は、

「今日の面談、良かったんじゃない!?」

と自画自賛しながら、
達成感を感じることがよくありました。


でも最近は、その感覚が少し少なくなったのです。



■ 以前の私はやりすぎていた


昔は、面談時間をオーバーしてしまうことがありました。

相手のため。

そう思っていました。


でも今振り返ると、

「もっと価値を提供したい」
「もっと役に立ちたい」

という私自身の思いも、かなり含まれていたように思います。


今は違います。

時間が来たら終える。

相手の課題を背負わない。

答えは相手の中にあると信じる。

以前よりもずっとシンプルな支援になりました。



■ 主役は私ではなく相談者


面白いことに、

私自身の達成感は減ったのに、
相談者さんの満足度は下がっていません。


むしろ、
「すごく整理できました」
「気持ちが楽になりました」

そんな言葉をいただくことも少なくありません。


私は何か特別なことをした感覚はない。

でも相手はちゃんと受け取っている。

それはきっと、

主役を私から相談者へ戻したからなのだと思います。


派手な達成感はありません。
ドラマチックな展開もありません。


でも、本人が自ら自分の足で歩み始める。

人のサポートを受けたことすら忘れて、
自ら決めたことのように歩んでいく。


それでいいと思うんですよね。

そして、今のやり方なら、
私も無理なく続けられる。


60歳になった今、私はようやく


「頑張りすぎる支援」

から、本当の意味で

「伴走する支援」


へ移行できたのかもしれません。


20年目にしてやっと・・・・

でも、そんなものなのでしょうね(笑)

 

─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

■いい人なのに、モヤモヤ・・・

先日、出会った男性は、

とても明るくて、
フレンドリーで、
思いやりもある

周囲から見ても、
きっと「いい人」と言われるタイプです。


でも私は、
なぜかモヤモヤしていました。


嫌いではない。
でも何か引っかかる。


その正体がなかなか分からなかったのです。



■ 違和感の正体


話しているうちに気づいたのは、
人との距離の詰め方がとても近い人でした。


特に・・・

少し弱っている人や、
不安を抱えている方に対して、

「私だけは味方だからね」

という雰囲気で深く関わっていくのです。


もちろん悪気はありません。
むしろ優しさなのでしょう。


でも、ほんの少し過剰な優しさをふりまく
様子を見ていて

なんとなく違和感を感じていました。


なぜだろう・・・?


そう考えていた時、
ふと気づきました。


あれ?

私が違和感を感じているのは、
もしかして過去の私じゃない?



■ 過去の私は「必要とされる人」になりたかった


私は長い間、
人の役に立つことに価値を感じていました。


人が困っていたら、

もっと何かできないか。
もっと寄り添えないか。
もっと力になれないか。


そうやって、

必要以上に抱え込み、
必要以上に頑張ることもありました。


そして正直に言うと、

「必要とされている」

 

その感覚に、

どこか心地よさを感じていたのかもしれません(笑)




もちろん相手を大切に思う気持ちは本物です。


でも今振り返ると、

人を支えることと、
自分の価値を証明することが、

少し混ざっていたのかもしれません。


だから今回の違和感は、

「もう私はそこを卒業したんだな」

というサインだったのだと思います。


(つづく・・・)


─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

■「似合う」をちゃんと選んできた

先日、還暦を迎えるタイミングで、
ファッション診断を受けてきました。

診断結果は、
「ソフトエレガンス」

上品で、清潔感があり、やわらかく、
安心感を与えるタイプとのことでした。


これまで私は、

オータムカラー。
骨格ストレート。

という診断をもとに、
自分なりに「似合う」を研究してきました。

白。ベージュ。ブラウン。ネイビー。

シンプルで、落ち着いた服。

それは確かに、私に合っていたと思います。


でも最近、何となくくファッションが
楽しくなくなっていたんです。


還暦を迎え、
少しずつ変わっていくフェイスラインや体型。

以前は似合っていた服が、
なんとなくしっくりこない。

「年齢だから仕方ないのかな」

そんなふうに、
少し諦めかけていたところもありました。



■「え?私にこれ?」と思った

ところが今回、
プロの方に選んでいただいたのは、

ピンク。オレンジ。
明るい色のスカートやパンツ。

自分では、ほとんど手に取らないような色でした。


最初は、正直見慣れませんでした(笑)

「え?私にこれ?」

という感じ。


でも、着てみると、意外としっくりくる。

それどころか、
なんだか気持ちが明るくなってくる。


服を着ながら、久しぶりに
ワクワクしている自分がいました。


「あぁ、ファッションって、
 本当は楽しいものだったんだ」


そんな感覚を、
思い出したんです。



■「正解」に縛られていたのかもしれない


今振り返ると、私はずっと、

「自分の骨格、カラーに合ったものを着る
 なぜなら、それが似合うはずだから」

を大事にしてきました。


でもね。

いつの間にか、

「着たいから着る」
「楽しいから着る」

が、少し抜けていたのかもしれません。


もちろん、

オータムも、骨格ストレートも、
間違ってはいません。

でも、その「正解」を大事にするあまり、

自分で自分を、
少し縛っていた部分も
あったのかなと思います。



還暦になり、

体も、顔も、生き方も、
少しずつ変わっていく。


でもそれは、
何かを失うことだけではなく、

「新しい自分を知る入り口」

なのかもしれません。



今の私は、静かで穏やかで凛としている。

そこに、

少しの明るさや楽しさや、
お茶目さも加わってきました。


それが、なんだかとても自然で、
とても心地いいのです。


年齢を重ねるって、
悪くないですね。


─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

─────────────────────

 

■「あなたがいないと生きていけない」は愛なのかな?

先日、若い男性の友人が、
少し照れながらこんな話をしてくれました。

「最近、彼女ができたんです」

その報告だけでも、私はとてもうれしくて、

「よかったね。素敵な人と出会えたんだね」

と心から思いました。



彼は、彼女の人となりをいろいろ話してくれて、

「彼女が、『あなたがいないと生きていけない』
 って言ってくれるんです」

と、とても幸せそうに話してくれました。

その姿を見ながら、私は心の片隅で、
少しだけ考えてしまいました。

それって・・・
もしかしたら少し
「依存っぽさ」もあるのかな・・・と。



もちろん、
好きな人に必要とされることはうれしい。

「自分だけを見てくれている」

そう感じる瞬間は、
誰だって幸せだと思います。


でも、彼は人を支援する仕事をしている人でも
あったので、
私は少しだけ伝えてみました。

「それって、愛なのかな?
 もしかしたら
 少し依存っぽい感じもあるかもしれなくない?」


すると彼は、

「え?どこがですか?
 僕はすごく嬉しかったですけど」


と、少し不思議そうでした。


そこで私は、

「依存と自立、そしてパートナーシップ」

って、どう違うんだろう?

ということを、
改めて考えてみました。



■依存と自立の違い

私は、依存と自立の違いって、

「自分の人生のハンドルを、
 誰が持っているか」

なのかなぁと思っています。


依存は、

「あなたがいないと私は生きられない」

という状態。


言い換えると、

自分で立てず、
誰かにおんぶしてもらっている状態です。


もちろん、人生には弱る時もあります。
支えてもらうことも必要です。



でもね。

ずっと相手に背負わせ続けると、
関係は少しずつ苦しくなると思うんです。


一方で、自立というのは、

「一人で何でもできる」

ということではなく、

「自分の人生を、自分で引き受ける」

ということ。


助けを求めてもいい。
甘えてもいい。

でも、最終的に、

「自分の人生を歩く足は、
 自分の中にある」

私は、そんな感覚なのかなぁと思っています。


◾️私が思うパートナーシップ


私が思うパートナーシップとは、

「自立した人同士が、
 お互いを尊重しながら、
 一緒に人生を創っていくこと」

だと思っています。


一人でも生きていける。

でも、

うれしい時に分かち合い、
苦しい時に支え合い、
困った時には助けを求められる。

そんなお互いが支えあう関係。



本当の愛、優しさって、

相手を抱え続けることではなく、

「あなたには、
 自分の足で立つ力がある」

と信じることではないのかしら。


私はやっぱり、

自分の足で、
自分の人生を歩いていきたい。


そして、

そうやって歩いている人を、
素敵だなぁと思います。


「お互いが自分の人生を生きながら、
 でも、必要な時には支え合える」


そんな関係が、

私の思う「パートナーシップ」です。




そうだなぁ。

今度彼に会ったら、
そんな話をしてみようかな。

・・・いやいや ラブラブ期の彼には
大きなお世話かもしれませんね 笑


─────────────────────

現在『共鳴セッション』は、
ご縁をいただいた方々との時間を大切にするため、
新規クライアント様の受付をお休みしております。
(現在は定員に達しています)

次回のご案内は、
2027年1月頃を予定しています。

─────────────────────

 

■「もっとわかってほしい」

カウンセリングをしていると、
夫婦関係の中で、こんな言葉をよく耳にします。

「夫にもっとこうしてほしい」
「どうしてわかってくれないんだろう」

そんな苦しさを抱えている方に、
よく出会います。

もちろん、

「大切にしてほしい」
「わかってほしい」

そう思うのは、
とても自然なことです。

でも、
気づかないうちに

「全部わかってほしい」

になってしまうと、
関係は少し苦しくなるのではないかしら。


価値観も違う。
行動特性も違う。
考え方も、テンポも違う。


「なんでそうなるの?」
と思うことも、正直あります(笑)


でもね。

それって本当に、
全部一致していないと
一緒にいられないのでしょうか。


■一点豪華主義という考え方


私は夫婦関係の中で、
よく「一点豪華主義」という話をします。


全部が理想通りではなくても、

人として本当に大切にしたい部分。

たとえば、
思いやりや誠実さ。

そこだけは一致している。

だったら、他の違いは

「まぁ、違う人だしね」

と思えることもあるのです。


若い頃の私は、
もっとたくさんの一致を求めていました。


でも年齢を重ねるほど、

「全部を満たす人はいない」

ということも、

だいぶわかってきました・・・・。


■期待値を下げる=諦める、ではない


「期待値を下げる」

というと、
どこか寂しく聞こえるかもしれません。


でも実際は、

「相手を諦める」

ではなく、

「相手を相手として尊重する」

に近い気がしています。


変えようとし続けるより、
違いを認めたほうが、
穏やかになれることもある。

違いがあっても、
大切なものが一つある。

それだけで、

人は案外、

長く穏やかに 一緒にいられるのかもしれません・・・ね。