もう
公演が始まっているのに、カサブランカから抜け出せないでいます。
今更ですが、カサブランカを理解する上で、カサブランカの時代背景をきちんと把握しておいて方が良いと思い、簡単に調べてみました。宝塚で上演されたお芝居も参考になるかと思い、日付等が分かるものは加えてみました。赤字はフィクションです。
1920年1月20日 ヴェルサイユ条約批准
これによりヴェルサイユ体制となり、国際連盟が設立された
1926年 国際連盟にドイツが加盟(1933年に脱退)
1933年1月30日 ドイツ、アドルフ・ヒトラーが首相に就任
1934年8月2日 ドイツ、アドルフ・ヒトラーが相当に就任
1935年10月3日 イタリア、エチオピア侵攻(第二次エチオピア戦争)
1936年7月17日 スペイン内戦勃発
誰がために鐘は鳴る
NEVER SAY GOODBYE
1938年
凱旋門
1939年9月1日 ドイツ、ポーランドに侵攻
同3日にイギリス・フランスが、ドイツに宣戦布告したことにより
第二次世界大戦となった。
1940年6月10日 フランス軍パリを放棄、イタリアがイギリスとフランスに対して宣戦布告
1940年6月14日 ドイツ軍パリ占領
1940年6月18日 シャルル・ド・ゴール、対独抵抗運動呼びかけ(自由フランス)
1940年6月22日 フランス軍、ドイツ軍への降伏文書に調印(ヴィシー政権)
1940年6月28日 イギリス、自由フランスを承認
1940年7月1日 フランス(ヴィシー政権)、首都をヴィシーへ移転
1941年12月1日 ヴィクター・ラズロとイルザ・ランドがカサブランカのリックのカフェ・アメリカンに
やってくる(カサブランカ到着は前日、出発は翌日)
シュトラッサー大佐がカサブランカに到着
カサブランカ
1942年3月3日 マルグリット誕生日
マルグリット
1942年11月22日~28日
ツーロンの薔薇
1943年7月24日 イタリア王国、ムッソリーニ首相を解任、逮捕。のちにグラン・サッソ山のホテルに幽閉
1943年8月28日~9月12日
グランサッソの百合
1943年9月8日 イタリア王国、連合軍に対し無条件降伏
1943年9月12日 ドイツ軍によるムッソリーニの救出(グラン・サッソ襲撃)
1943年9月23日 イタリア社会共和国樹立(元首:ムッソリーニ、ナチス・ドイツによる傀儡政権)
1944年晩春、6月中旬、8月下旬
リラの壁の囚人たち
1945年5月7日 ドイツ軍、連合軍(ソ連を除く、ソ連に対しては翌日)に対し無条件降伏
Je Chante もこの頃のお話のようです。主人公のシャルル・トレネの歌は、レジスタンス運動の人たちの愛聴曲だったようです。観に行くのが余計楽しみになりました。
こうして調べてみたら、ヴーヴ・クリコの謎も解けました。ルノーがシュトラッサーのために頼んだヴーヴ・クリコは1926年、ラズロのために頼んだのが1920年です。前者は、ドイツが国際連盟に加盟した年、後者はヴェルサイユ体制の発足した年です。暗に示していたんですね。
あと、バーガーがラズロに見せるロケットの中には「自由フランス」のシンボルとなっていたロレーヌ十字があり、イルザが言う「フランス解放同盟」というのは自由フランス軍を初めとしたレジスタンス運動を現しているのだと思います。
リックが武器商人だったのは、30歳代前半の血気盛んなころというのも分かりました。(シュトラッサーのセリフで37歳と言っている。)
これを作成するために
リラの壁の囚人たちのプログラムを見ていたら、小原先生のことばのところに「映画「カサブランカ」のように作ればいいんだ」と思って作ったというようなことが書かれていました。と、いうのも、この作品は1年間女役をやっていた涼風真世さん(ME AND MY GIRLのジャッキー役、初演に引き続き、すぐに再演しました。)に男役をやらせるという目的があり、第二次世界大戦時のパリを舞台にすることにしたそうですが、内容について当初はどのようにしようか悩まれたそうです。映画「カサブランカ」は、本当に影響力の大きな作品だったということを今更ながら感じました。
での再演が楽しみです。