自分は、本当は何をしたいのだろうか?
そんな問いを持ったことはありませんか?
本当にやりたいことをすると言っても、
いったい、本当は何をやりたいのか、
わかっているようで、わかっていないことが
私にはよくあります。
そいう自分が問題だ(!)なんて、
悩むこともあります。
しかし、それは芸術家でも
なかなかわからないのだそうです。
知り合いの芸術家が、ある冊子の表紙の絵を
依頼された時のこと。
ひらめきを得て、一枚の絵を完成させました。
ところが完成してみると、何か違う。
どうしても納得できず、
依頼主と再度話したそうです。
すると、話の中からヒントを得て、
彼はもう一度初めから描き直しました。
そして、冊子の内容を
一粒の星の輝きに凝縮したと思えるほどの
素晴らしい絵が生まれたのです。
最初の絵と、最終的に表紙に決定した絵の両方を
見せてもらった私は、失礼ながら、
「どうして最初から決定稿を描けなかったの?」
と聞いてみました。
彼ほど素晴らしい才能の持ち主なら、
できるはずだと思ったのです。
心優しい彼は、静かに教えてくれました。
「この絵(表紙に採用された絵)の方がいい。
でも、最初からそれにたどり着くのは難しいんだよ」
普段から、自分の感覚を大切にし、
自分が心地よいもの、心地よくないものには
とても正直に暮らしている。
それでも、自分の心の奥底にあるものに
すっとつながるのは難しい。
だから、試行錯誤するのだそうです。
彼でさえそうなら、
頻繁に自己欺瞞をしてしまう私が、
自分の本当の気持ちをなかなかつかめないことが
多々あっても仕方がないと思いました。
仕方がないけれど、そのままにしておきたくはない。
だから、小さなことから、一つずつでも、
「本当はどう?」と自分に聞いたり、
実際にやってみて、体を動かしてみて、
自分の感情の流れを見てみる。
頭と心と体が一致することは何なのか、
確認してみる。
それも心のオーガナイズの一つかなあと思います。
今日もお読みくださり、
ありがとうございます。
そんな問いを持ったことはありませんか?
本当にやりたいことをすると言っても、
いったい、本当は何をやりたいのか、
わかっているようで、わかっていないことが
私にはよくあります。
そいう自分が問題だ(!)なんて、
悩むこともあります。
しかし、それは芸術家でも
なかなかわからないのだそうです。
知り合いの芸術家が、ある冊子の表紙の絵を
依頼された時のこと。
ひらめきを得て、一枚の絵を完成させました。
ところが完成してみると、何か違う。
どうしても納得できず、
依頼主と再度話したそうです。
すると、話の中からヒントを得て、
彼はもう一度初めから描き直しました。
そして、冊子の内容を
一粒の星の輝きに凝縮したと思えるほどの
素晴らしい絵が生まれたのです。
最初の絵と、最終的に表紙に決定した絵の両方を
見せてもらった私は、失礼ながら、
「どうして最初から決定稿を描けなかったの?」
と聞いてみました。
彼ほど素晴らしい才能の持ち主なら、
できるはずだと思ったのです。
心優しい彼は、静かに教えてくれました。
「この絵(表紙に採用された絵)の方がいい。
でも、最初からそれにたどり着くのは難しいんだよ」
普段から、自分の感覚を大切にし、
自分が心地よいもの、心地よくないものには
とても正直に暮らしている。
それでも、自分の心の奥底にあるものに
すっとつながるのは難しい。
だから、試行錯誤するのだそうです。
彼でさえそうなら、
頻繁に自己欺瞞をしてしまう私が、
自分の本当の気持ちをなかなかつかめないことが
多々あっても仕方がないと思いました。
仕方がないけれど、そのままにしておきたくはない。
だから、小さなことから、一つずつでも、
「本当はどう?」と自分に聞いたり、
実際にやってみて、体を動かしてみて、
自分の感情の流れを見てみる。
頭と心と体が一致することは何なのか、
確認してみる。
それも心のオーガナイズの一つかなあと思います。
今日もお読みくださり、
ありがとうございます。