MORRIS LOUIS
今月いっぱい、川村記念美術館で
モーリス・ルイスというアメリカ画家の展覧会が開催されています。

モーリス・ルイス
秘密の色相
奥さんにまで隠して何していたの。
49歳の若さで亡くなったモーリスの作家生活は
秘密に包まれています。
GIMEL
モーリス・ルイスの代表作品群「ヴェール」
にじんで重なりあう色彩がとてもきれいです。
しかも作品はどれも4メートルを越える大作ばかり。
当時、こんなふうにカンバスに染み込むくらいに
薄く溶いた絵の具を使うことはまずなかったと言います。
実際、ワシントン郊外で絵の先生をしていたモーリスは
この作品群を端緒として、独自のスタイルを深めはじめました。
GREEN BY GOLD
いったいどうやって描いているのでしょう?
絵の具もいい具合ににじんでいて、かといって醜く濁ってはないのです。
モーリスは絵を描いているところを人に見せることはしなかったそうなのですが、(鶴の恩返しみたい…)
少なくとも彼は、絵の具の扱いを完璧に把握していたんだと思います。


この2つは特徴的でないぶん、
あまり出て来ないので貴重かも。
そしてヴェールに続く作品群
「アンファールド」
風にたなびく旗をイメージさせます。



この3つの大作が
川村の企画展時エリアにぱーーんと並んでいて
真ん中のベンチで座ってみてると気分いい。
それから不思議なのは、
モーリスは自宅のダイニングを改装したアトリエで
毎日絵を描いていたそうなのですが、
実はこのアトリエの広さは4.3×3.7mと実に狭く、
(私の寝室より狭い!)
いったいこんなに狭い中でどうやってあんなに大きな絵を描いていたのだろう…
しかも、アトリエから出てきたモーリスはいつも、
くたくたにくたびれていたものの、絵の具の汚れなどどこにも見当たらなかったそうです。

寡黙で都会を嫌い、内向的だったモーリス。
しかしそれにも増して、絵を描くことに情熱的に取り組んでいたのでした。
見る人とたたかえ。
見えていることに支配されるな。
絵の教室でいつも生徒に言っていたこの言葉は
実は最も自分にぶつけていた言葉で、
当時ロスコやポロックなど時代の寵児がニューヨークで活躍する時代、
モーリスもまた、自分との闘いを静かに繰り広げていたんだと思いました。
モーリス・ルイスというアメリカ画家の展覧会が開催されています。

モーリス・ルイス
秘密の色相
奥さんにまで隠して何していたの。
49歳の若さで亡くなったモーリスの作家生活は
秘密に包まれています。

モーリス・ルイスの代表作品群「ヴェール」
にじんで重なりあう色彩がとてもきれいです。
しかも作品はどれも4メートルを越える大作ばかり。
当時、こんなふうにカンバスに染み込むくらいに
薄く溶いた絵の具を使うことはまずなかったと言います。
実際、ワシントン郊外で絵の先生をしていたモーリスは
この作品群を端緒として、独自のスタイルを深めはじめました。

いったいどうやって描いているのでしょう?
絵の具もいい具合ににじんでいて、かといって醜く濁ってはないのです。
モーリスは絵を描いているところを人に見せることはしなかったそうなのですが、(鶴の恩返しみたい…)
少なくとも彼は、絵の具の扱いを完璧に把握していたんだと思います。


この2つは特徴的でないぶん、
あまり出て来ないので貴重かも。
そしてヴェールに続く作品群
「アンファールド」
風にたなびく旗をイメージさせます。



この3つの大作が
川村の企画展時エリアにぱーーんと並んでいて
真ん中のベンチで座ってみてると気分いい。
それから不思議なのは、
モーリスは自宅のダイニングを改装したアトリエで
毎日絵を描いていたそうなのですが、
実はこのアトリエの広さは4.3×3.7mと実に狭く、
(私の寝室より狭い!)
いったいこんなに狭い中でどうやってあんなに大きな絵を描いていたのだろう…
しかも、アトリエから出てきたモーリスはいつも、
くたくたにくたびれていたものの、絵の具の汚れなどどこにも見当たらなかったそうです。

寡黙で都会を嫌い、内向的だったモーリス。
しかしそれにも増して、絵を描くことに情熱的に取り組んでいたのでした。
見る人とたたかえ。
見えていることに支配されるな。
絵の教室でいつも生徒に言っていたこの言葉は
実は最も自分にぶつけていた言葉で、
当時ロスコやポロックなど時代の寵児がニューヨークで活躍する時代、
モーリスもまた、自分との闘いを静かに繰り広げていたんだと思いました。