ある小学生の女の子のために、緊急に新しい先生を探さなければならなくなりました。

その子は算数と英語を習いに来ているのですが、「ある理由」から、あまり友達間でのコミニュケーションがうまくいっていませんでした。

英語の授業の時も、60分の間に、楽しそうに喋っていたかと思えば5分後には落ち込む、というように、やや気分のアップダウンがあります。

 
本当は、それはそれで、別に悪い事でも何でもないのですが…


 当初、和気あいあいと楽しくやっていたはずの算数クラス。

彼女が話しかければ、みんな何か反応くれていたようです。

それが日を追うごとに、だんだん算数グループの誰もがしゃべらなくなっていきました。

私語がないのは、学習環境としては一見良いことのように思えます。

でも、シーンとした空間が耐えられない子もいるんですね。

自分が大の苦手な算数で、先生から問題を出された瞬間、

正解を出せないと、周りの子たちのちょっと驚いたような視線が彼女を突き刺します。

彼女にとって、それは苦行以外の何物でもなかったはず。

英語クラスでも、英語カルタやビンゴなど皆でゲームをしている時

毎週似たような状況に彼女は追い込まれるのです。

沈んだ彼女をすばやく引き上げるために、私は常に自分の言葉や表情に気を配るようにしていました。

時には勉強を中断して、彼女が雑談したければ話を聞いたりも。
 
沈んだまま放っておけば、そのうち彼女の心の声が聞こえてきます。


(みなはゲームに勝てていいな。
わたしも、もっとカードとりたい。)


(いつも〇〇ちゃんにバカにされてくやしい。)


(もう、面白くない…)


 
 
…もう、塾やめたい。

 
そのセリフが出てくるニ歩も三歩も前に、教えている私たちが気づかないといけないのですね。

ある程度、経験も必要なのかもしれませんが。
 
あまりにも教えることばかりに集中していると、子供の心の声は聞きづらくなります。

しかし、結果(=成績アップ)を出さなければ塾としては色々言われてしまうのも事実。
 
塾の先生も、なかなか難しいもんです汗
 
私なりに伝えられる範囲で、算数の先生にはアドバイスをしたり話し合ったりしました。
 
今回のことは、私たちに色々気づかせ、考えさせるために起こったことなのでしょう。
 
若い算数の先生には、今回のことをこれから先出会う子供たちのために活かしていってほしいな、と思うと同時に、
 
勉強を教えるのが上手いだけではなく、敏感な子どもの気持ちにもサッと気づいて臨機応変に対応できる瞬発力。

これこそが、私たち教える側に必要なことなんだなぁ…と、あらためて思いました。
 
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