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7人の花嫁

和みカフェにようこそ

20代後半 いやその前から
兆候があった
あまりにも
アレルギー
免疫力低下
頭痛をはじめとする
体の痛みが
ひどく
県内の大きい病院は
ほとんど通院した
一番疑われたのは
全身性エリテマトーデス とかいう
病気で

はっきり 診断するために
検査入院してください

とか 髄液の検査をします

だったような

内科部長 神経内科部長
大病院の
先生に
喧嘩を売るつもりはないが
断った

そのあげく
付き添って病院に連れてきて
もらった
元夫に
待合室の
たくさん人がいる前で

顔を叩かれた

相変わらず体調は
悪いが
今度は乳腺炎をこじらせ
ひと月 胸の横から

大きい注射で膿を取り出す
通院をした
毎回 違う外科の先生に
胸を触られ 膿を
抜き出すたびに
半分 意識が
遠のき 先生がバイタルと
叫んでいたわねぇ
半年に一度
検査に来てください
乳ガンのリスク
高いです

って
頑固で 怖がりなので
病院にいると 苦しくなり

決して 命を
軽んじてはない

結局 膠原病と乳ガンの線は消え

次次と
病気で悩まされた

ちゃんと検査しないから
って
最期に言われるだろう
なんとか
生きて 働けるまで
回復
自分でもバカと思う

でも
憎まれっ子世に憚る

いろんな医師と
お会いしたが 主治医の
先生しか
信用できない

以前は胃腸 循環器も
頻繁に通院してたが
 もう  薬が多すぎて
なにを飲んだか 混乱

今 私は とっても
悪い見本で
変なことを 書いてるが

今 遠い 九州で
病気と 戦っている
あなたの ことを
考えてる

まだお若いのに
交通事故の後遺症で
辛い 思いをしてらっしゃる
方のことも 思う

そのブログ記事を読んで
私も
車を運転して
加害者に
なるかもと
思うと
キーをまわしたび
気持ちが
張り詰める

私は 言う資格は
ないが
検査は 受けましょう

やっぱ 説得力ないわ
鹿児島の
お姉さん  いつも
思ってるよ


わたしの ブログ界での
ねーちゃんに
何回も コメ送った

今日ね

反映されてないの

仏のユキチャン怒ります
ブログを
始めたきっかけは
友人の勧め
 
もう一つは 当時勤めていた
コンビニの
お客さんが
詩を書いているって

ビックリ
だって詩ってイメージなかったし
ブログって

自分の私生活
感情を
書くなんて
なんだかな
って
ずっとおもってた

ブロガーさんが いいと
いった映画とか
音楽

小説 
興味を
もったら
もう すぐ見たい
 聴きたい

安部公房氏の 砂の女は
文庫本をかって

一気に読んだ

影響は大きかった
嬉しかった

今度は その砂の女ブロガーさんの
つながりで
ジュリエットへの手紙という
映画を知った

まだレンタルしてないのが
悔しいが
その映画には
バネッサ レッドグローブが
出ているらしい

私は
題名は忘れたが
彼女と キャサリン フォンダが
共演した
映画を
思春期に
見ている

小娘には
難しい映画だった

音楽に関しても 私より
ちょっと おにーさん
おねーさんの
音楽記事に
かなりインスパイアされてる

もう
走って 借りに
いきたいぐらい
ジュリエットへの手紙を
見たい

ブログの醍醐味って
まだ わからないが
わたしの
好奇心の扉を

そっと
時には

強く

ノックしてくださるって
ことかしら

バネッサ 待ってて

もう直ぐ
映像で
あなたに 近づきたいから

ありがとう
ブロガーさん
県の花は チューリップ
そして 私の住んでいる子は

栽培が盛んで 何百種類の
品種 品種改良
球根も
本場オランダから
買い付けに来るぐらい

なんとかというオランダの市と

姉妹都市らしい
オランダ 娼婦街と
標高が低いと
ブルーナさん あと英語で

割り勘にしようぜ というとき
レッツゴー
ダッチ  ということしか
知らなかった

ずっと 私の思い込みかも
しれないが 欧米人
行ったことないけど
フランス人とか
ドイツ人は
推しが強く
謝らない人種だと
ちょっぴり いや
かなり 偏見だが
思ってる

しかし オランダの人は
割合 争いごとが嫌いなのか
温厚で謝るという国
ナンバーワンだと
テレビで見た

オランダとよくにた この市
今日は ちょっと 里というか
私の住んでるとこから
車で10分 あちこちが
チューリップの絨毯状態
広い 広い 敷地に
赤なら赤 色のミックスした
チューリップが
観光用というより
球根という 商品のために?
整然と咲いている
ここで
謝るという本題
ここらの人は
本当に 穏やかな人が多く
住みやすい子でも
トップクラスらしい
私の 人生のほとんどは
漁師町 商店街 みんなズケズケいう
富山市在住は 転勤族の
都会の人が多く
ここでの生活も
曖昧な表現は誤解を招く

大阪在住時代は
いい意味で いわしてもらうと

言ったもんがち やったもんがち

この市に40代 は ほとんど
過ごした ハッキリ いう性格
とか 気が強いとか
自分でも
わからない

でも ここに 長く住みたいと
思ったら 私のエキセントリックさ?
を 抑え 気持ちが
こもってなくても
謝り

いろんな ことは 目をつぶる

どこに いっても
そんなものかもしれない
謝らないと 影で なにを
言われてるか
わからないし

本当に 直接 目をみて
話したいのに

夜中にメールで言われたり
第三者から こう言ってたよ
謝っといたほうがいいよ

とか

言われちゃってもさ
困るというか
もう50近いんだからさ
常識  とか

言われちゃうと

遠い 誰も私の知らないとこに
行きたくなると

今の気持ちを
記す

てへへ 
写経でも
始めようかなーー
自分の中で
私のうつ病という 病気に
関しては 治ったと
自分で思い込んでる

大阪 蒲生4丁目の
初めての
受診

はい うつ病です
と 医師に言われ
キレたわたし
今 病気になってる
暇ないんです

12年前の夏の日


相変わらず
再発予防で1錠
眠るための 眠剤を
もらってる私

辛かった 誤解は日常茶飯事

あと 体に異変か

大病ではないが
あちこち 微妙な悪さ

主治医に
勝手に
私 治りましたよね

っていってる

もう 徐々に準備して
来週から ほぼフルタイムで
働く

潜在意識は不安でいっぱい
怖い
何が?
人の評価?
なにを?
健康か?
 
私は 子供がいるちいうことで
子の父親に だいぶ
助けてもらった
今年 20歳になる
次女

なんとか
学校は卒業して
資格を取ってもらいたい

でも
じぶんのエゴを
押し付けたくない

来週 頑張るという
言葉は嫌いなので

黙々 粛々と
日々

すごす

夢なのか 希望なのか
わからんし

でも
一人で飛び立つ

それも
準備

助けてくれた人たち

ブロガーさんたちも
さりげなく
応援してもらったし

ありがとう

どこかに行く 

変化を
まち
変化を

起こす