7人の花嫁 -53ページ目
おめでたいのに
次女は 帰省し
ぉれといってまだ
何もしてないが
神経が高ぶり
頭痛で
眠れない
来週の日曜 成人式
昨年は自身が健康で
収入も増え 出費もふえ
ペサミストの私も
次々起きる問題に
忍び難きに忍び
耐え難きに耐え
雨は止む 春は来ると
超ポジティブだったが
しんどくなってきた
新年早々 妹中年 永遠に若作り
の お相手の お付き合いしてるかたと
お電話でお話しでき
娘のボーイフレンドとも
お話しできた
羨ましいわけでもないが
いざ 頼れる男性は
女目線の考え方が
聞け なんでも自分で
決断し 責任もついてまわり
正直いいなと思うが
中年 シニアの恋愛は
本当に 自立して最終的に
自分で 生きる自信がないと
破局しやすい
プラス 毎日 気ぜわしく
あぁーーー
めんどくさ
ってのと
自分では
いくつになっても毅然
凛と行きたい
出会いもなしで
もう ちょっくら 疲れた
疲れた時の臨時?彼がいればいいのに
でもそれは
相手にものすごく失礼
鬼畜です
そんな器用なきともでくないし
やっと 痛みが引いて寝る
男と女の間には
深くて暗い川がある
名言
昨日 夜中に
妹が 事情があって
うちに
泊まりにきた
その日に合鍵渡して
何かあったら
うちにおいでね
って
初めて 妹が
死にたくなる
っていう
言葉を 吐いた
私は むかし 何度も
えげつない 行動で
妹や娘たち 元夫
親戚 友人に
実際何度も
もうあと一歩で
はい 私は この人生が
辛く
正常な判断ができなく
死ぬ事が
生きがい ?
変な表現だが
それしか
考えなかった
家族も 友達
心配してくれるひと
おかまいなし
でも
生きてる
生きて
不思議な ご縁を
感じる
妹に
もしかしたら
私達の母は
私ら姉妹と
心中しようと
何度も
思った
でも
生きてる
私は
一時期
妹が 母親を 介護施設に
入所させた時
ものすごく怒りを感じた
今 私は 鬱病に
なって
よくなって
相変わらず
性格悪し
極悪?更年期だが
今度は 今まで支えてくれた人に
ありがとうと
できる
事を
できる範囲で
お手伝い したい
10年前 大雪
病院で意識不明で
生死を さまよっていたのに
ありがとう
ありがとうございます
誰か 誰に
おしっ
もう一度
リングに あがりまーす
って
今から プロボクシングなんだよね
今 様々な感情が
心の中に
感謝
私は 生きている
家族も 近い身内が
病気になり
心が 砕けそうだった
でも
この近年で
私は 微熱 痛みは
あったもの
薬も減り
早朝シフトに
変わってから
ものすごぐ 健康を
感じた
今日は 神様の誕生日であるから
感謝
家族も 一時は 絶望したが
徐々に回復
ありがとう
感謝と
裏腹の不安
先が見えない
すべてが
どう 動いていいか
不安で
こんな時
結婚していれば
不安じゃないだろうな
と 一瞬思ったが
結婚していた時も
相手がどーだこーだ
ではなく
絶えず 不安だった
きっと 心から 他人に
夫であろうが
恋人であろうが
信用できない 信頼できない
裏切られるの怖い症候群
かも
感動
たくさんの
高校の教科書 参考書
問題集
これって
ざーーーっとみて
結構な金額
本当に
ほとんど使われてない
娘は 購入したことで
とりあえず 満足したのであろう
今 それらを 紐でくくってあることだし
そのまま 捨てようと
思ったが
この人生 半分 過ぎて
教科書
現代文 古典 現代社会
リィーディング
嫌いな理数系
面白いじゃない
感動している
新しく 物事を
知るって 感動
そして 私は
午年なので
走りたいが
牛歩のごとく
待つこと ゆっくり
ゆっくり
怒りを抑えることを
学ぶ
私に サンタクロースは
こないみたいだが
たまに 顔を合わす
母より としうえの
マダムに
手作りのお漬物を
いただいた
感謝 不安 感動の
年末
来年はどんなステージが
待っているの
私の 宿題は
何?
何を 学びたいの?
たぶん 心の奥で
自分は 知っているんだろうね
メリークリスマス
50近い おばはん
なにを
血迷ったこと言って
るんだい
比喩的に
いうと
私は もぐらのおじさんと
吐きそうな 裕福?な生活を
とる or 自由で見知らぬ土地
で?
新たなスタートか
現状維持で
徐々に
病んでいくか
選択って
大変よねー
洗濯は
得意 干すのも
たたむのも
選択できるだけ
幸せかな
永さん
本当に
どこか遠くに
行きたいよ
龍角散
ちなみに 母が 退院して
介護施設に
帰った
一難去ってまた一難
お勉強人生
今日 仕事帰り
母が入院している
総合病院に行ってきた
本当は 日曜から
変な寒気や 体調不良で
自分の母の入院なのに
病院って
こんなに免疫力ダウン 私
なんだか 感染させちゃいます
感染する?
不安だったが
職場の上司が これ
介護している妹さん
わての妹
甥っ子
私の分の
お惣菜をいただき
感謝の気持ちで
病院へ
母 なぜか
今日は
顔色も良く
カンカン娘という 戦後の歌も
歌ったらしい
自慢だが
うん
自慢だが
私は 自分が産まれる前の
高度経済成長期以前に
詳しく
かつ
好きです
だから
カンカン娘も
歌えるぜ
って
個室といえど
夕食時に
音痴 リズム感無しの私
ワンフレーズだけ
歌った
母 妹は 母をバァちゃんと
呼ぶが
私は73の母を バァちゃんと
呼ばない 呼べない
自分の身体も なぜか
血圧か?フワフワして
調子悪いが
今日は
母の元気な姿が救い
迷惑にならないなら
ちあきなおみさん
青江三奈さん
ひばりさん
なんだって 歌えるぜ
と
上司が
心遣いで渡してくれた
お惣菜を
妹に渡し
帰り道
それーが
銀座のカンカン娘と
車の中で
歌った
カンカン娘
お母さん
あなたは
カンカンバーバですよと
悪態をついて
母ユキコサン
73歳
今日は
綺麗だった

