*るびぃのゆるり育児記録* -14ページ目

*るびぃのゆるり育児記録*

2018/2
元気な男の子のママになりました



2020/6
一卵性の女の子双子ママになりました

4ヶ月健診行ってきました爆笑


ハート体重 7655gハート
ハート身長 66.5cmハート

だいぶ大きくなりました爆笑
首もすっかりすわり、うつぶせにすると腕を突っ張ってぐいっと頭を持ち上げますニコニコ


先生から発達についてハナマルもらいました笑
ハイハイしそうだね、と言われたんですが、母としてはまだまだ動かない赤ちゃんでいてほしい...



寝返りが好きすぎて寝るときも横向きくるくる
夜寝るときは若干大人のベッドを高くして寝ぼけ寝返りを阻止してますてへぺろ
きっとそのうち突破されるかもですが...


最近は遊んでいるときはほぼうつぶせです流れ星
方向転換360度も余裕になってきました。
そして、飛行機のポーズもマスターし、前に進めなくて悔しそうな息子。。。

あんた、手と足どちらも床から離れてたらそりゃ前に進めないわ笑

さて、彼はいつこの事実に気づくでしょうか笑い泣き




大ブームの飛行機ブーンニコニコ





ビーグル犬しっぽビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬あたま
めちゃ長くなった去年のことですが、そろそろ終わりにします。


いまだにエコー写真見れないしもらった母子手帳開けませんが、大事にしまってあります。
エコー写真そろそろ整理しないと消えちゃうんだっけ?アセアセ








金曜日に手術を終え、そのまま帰宅しましたが、日曜日の夜にお腹が痛くなって高熱を出しました。




産褥熱かもしれないので、月曜日にまた病院に逆戻りして、そのまま入院タラー
結局、白血球の数値は正常で、熱も落ち着いたので、次の日退院ガーン





とにかく、この産院は二度と来たくないと思いました。
心のケアもなく、出産後本当にずっとお腹痛くて...
待ち時間は長いし、設備も古いし、いくら住んでる地域に産院少ないからといって、ひどすぎました。
口コミ悪くないとこなのになんででしょう。。。



極めつけはラミナリア処理のときに院長から、
年末実家帰ったの?
あー、だから

と言われたんです。





安定期に実家帰るのに飛行機2時間くらい乗ったのが原因だ

のような言い方をされたので、今でも心に引っ掛かってます。




結局、精神的にも身体的にも辛くて、産後休暇6週間いただきました。

産前休暇届も書いてないのに、産後休暇届だけ書いたので、変な感じでした。









会社の皆にもすごく心配されたのですが、やっぱり家族に一番負担かけてしまったと思います。



街中で赤ちゃんや子供を見るのがつらい時期もありましたが、旦那さんがすごく支えてくれたこと、出産予定日だった去年6月4日に遺骨を納めているお寺にお参りもできたことで、少しずつ前を向くことができました。


結婚式も予定通り挙げて、新婚旅行も行かせてもらいました。






そして、ちょうど出産予定日だった6月はじめの頃に、息子の妊娠が発覚したのです。




きっと勇み足すぎて、お空に帰ってしまったお兄ちゃんかお姉ちゃんが運んできてくれた宝物だと思いますニコニコ




今年の6月4日もお寺におもちゃとお菓子を届けに行きました。






お空で、たくさんの友達と遊んでいるよね
お空から、弟を見守っててね






息子初めての結婚式に参加しました爆笑


旦那さんの親戚の結婚式だったので、私はほぼ面識ない方々ばかりでしたくるくる




そんな中、息子はかなり良い子にしてて、皆から誉められてました流れ星
赤ちゃんって結構みんな外面いい子多いですよねーチュー






はとこのお姉ちゃんに抱っこされてますニコニコ
この日のために礼服ロンパース買っちゃった爆笑爆笑爆笑


旦那さんは気疲れしたようですタラー
私も久しぶりのヒールと息子を泣かせないよう必死のお世話で疲れましたてへぺろ


そして、家族写真と雛壇でのお決まりの写真TIMEはほぼすべて爆睡の息子。。。アセアセ

お顔を正面に向かせるため、母は中腰抱っこめちゃ疲れました笑



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次の日の朝、ラミナリアを抜いて、促進剤の錠剤を入れて、朝ごはん食べているところに母親が来てくれました。
旦那さんはどうしても外せない仕事があって午後から面会に来ることになってました。


食べ終えたところで、パンという音がして、パジャマが濡れてきたのが分かりました。


破水した  と分かると同時に、これで本当に赤ちゃんとお別れなんだ...
本当にギリギリまでお腹のなかにいたかったんだ...

涙がまた溢れてきました。


破水したら24時間以内に産むことになっているようで、そのまま陣痛室へ
と思ったら使われていない古い分娩台がある物置部屋みたいなとこでした。
近いからと選んだ産婦人科ですが、本当に後悔してます。




隣が分娩室で、陣痛がきた妊婦さんもいました。。。



物置部屋なので、しょっちゅう看護師さんが出入りしたり忙しなく、わたしは陣痛が来るまで硬い分娩台の上でひたすら寝てるだけタラー


家族の付き添いもなく、一時間くらいおきに看護師さんが様子を確認するだけで放置アセアセ





その頃はもう早く出してあげたいって思ってました。
お腹はじんじん痛いのですが、全然我慢できるレベルです。
ここの産婦人科は本当に心のケアはしないとこみたいです。看護師さんは声がけもなく促進剤の錠剤入れ替えしていく。。。

お昼過ぎてまだ進みが遅いからと促進剤を点滴に切り替えくるくる



そこから一気にお腹が痛くなり、夕方からはバーをずっと握ってましたタラー
本格的な陣痛のようです。




その間も隣の部屋からは産声が聞こえ、おめでとうございます。の声が...






なんで、この子は生きて産まれてこれないのか
なんで、他の子の産声を聞かされるのか





やっと安定期入ったのに...
安定期って安定してるんじゃないの?

様々は思いが溢れて、痛みも相まって涙が止まりませんでした。


何度か血のかたまりは出て、その度ナースコールして看護師さん来てもまだまだです。って言われてタラー


陣痛なら産まれてくる赤ちゃんを励みに頑張れるのに、この意味のない痛みはなんだろうと本当に悲しくなりました。







夜の8時近くになり、スタッフも少なくなった頃、大きな痛みの波がやって来て、


ナースコールしたら




もうすぐですね、とようやくカバーなどの準備を始めました。






ドゥルンと何かが出てきた感覚

もちろん産声もなく

金属のトレーに置かれる赤ちゃん

私は疲れすぎて放心状態でした。
本当に後悔してるのですが、赤ちゃん一目も見せてもらえていません。
もしかしたら、三週間近く亡くなったままお腹の中にいたので、見れないような感じになっていたので、看護師さんが気を遣ってくれたのかも?



しかし、先生が他の分娩のため、来れずに30分ほど放置され、やっと処置をしに来てくれました。
初めての先生だったのですが、奥まで器具を入れたりして優しくない感じでした。。。

胎盤が出てこないようで、何度もかき回され、陣痛以上の痛みでした。


このとき、母親と旦那さんが来てくれて、胎盤がちょっと残ってるけど、とりあえず今日帰ってもいいですよー。金曜日に再検査します。と言われました。




そして、先生は急いでいるのか、めんどくさいそうに説明してそそくさと帰っていきましたガーン


父親が心配して電話してくれて、とりあえず家に帰ったら何かあっても病院よりは対応ができないからとのことで、再検査まで入院することにアセアセ




おっぱい止める薬やら抗生剤やらもらってその日はまた隔離された病室へ




おっぱい全然張らないのに止める薬ってなんでなんだろう
赤ちゃん性別も分からないって言われたりしたので、本当に悲しくて
少しだけ膨らんでたお腹の中にもう赤ちゃんいないんだって思うだけで、胸が張り裂けそうになってました。


赤ちゃんは解剖してもこうなったのは原因不明の場合が多いと言われて解剖はしてません。
その後、不妊検査もしたのですが、原因不明で、多分染色体異常だろうと。。。
染色体異常は12週以降でも表れて流産するんだと初めて知りました。



金曜日の再検査まで、私の悪露はひどく、再度麻酔して胎盤の残りを掻き出しました。



それでも1ヶ月ほどはお腹がずっと痛かったですアセアセ

息子さん、お風呂大嫌いだったのに、最近はシャワーに夢中でシャワーホースをつかんできますてへぺろ


めちゃ可愛いんだけど、シャワー動かせなくなるからやめてねハート


もれなく湯船の中でもおならして、泡となって浮かんでくるのが面白いニコニコ
ついに7500gを越えたので、お風呂が大変になってきたタラー

お腹は8段腹くらいでむちむちです流れ星
ついに本格的に哺乳瓶拒否が始まったのもあり先月から完母になりました。
ちょっと体重の増えが緩やかになってきたかも口笛
離乳食は真夏や小児科が休みに入るお盆の時期は避けたいため、6カ月過ぎてから始めることにしましたニコ
離乳食が面倒だなあと思ってなるべく理由つけて引き延ばそうとしているだけ...笑


離乳食が本格化するまでは母乳減らないようにもりもり食べます爆笑 私が笑


朝スリーパー脱がせようと思ったらすぐ寝返りしてしまうタラー
この姿、旦那さんはアシカの子供と呼んでいます笑


ビーグル犬しっぽビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬あたま
続きです。

記憶が曖昧ですが、すぐに旦那さんに泣きながら電話して、義実家からすぐに帰ってきてくれることになりました。
義実家は新幹線で3時間くらいです。




寒い日だったのを覚えています。
暖房も電気もつけずにお腹をさすってソファでぼーと旦那さんが帰ってくるまで泣いていました。


胎動はなかったのですが、エコーにも赤ちゃんは映っていたし、何よりも本当にお腹も張ってなかったし、出血もなくて...







もう心臓が動いていないなんて
もうこれ以上大きくならないなんて
生きている赤ちゃんに会えないなんて





旦那さんは何も言わずに抱き締めてくれました。
その夜、お腹の中のこの子とはあと2日ちょっとしか一緒にいられないから次の日は3人でいっぱい出掛けようと旦那さんと話しました。


すると、夜からお腹が痛くなってきて、少し出血が始まりました。





たまたまかもしれませんが、今でも私はきっと赤ちゃんは1日も多くお腹の中にいて、私たちと一緒にいたかったんだと思っています。






次の日はちょうど日曜日だったので、式場のレストランでフレンチを食べました。
涙は不思議と日中は枯れていました。
味はあまり分からなかったけど、3人での最後の食事になりました。
もう感じることは出来ないかもしれないけど、ちゃんと赤ちゃんも味わえたかな?




月曜日になり、午前は仕事に行き、会社に報告してしばらく休むことを伝えました。
仕事の申し送りなどをして、午後3時に入院




心配した母親もきてくれて、隔離された部屋に入りました。
一応気にしてくれたのか、誰もいない古い棟の部屋を使うように言われました。
1日目はそこから外来でラミナリアを入れて次の日に処置になります。


赤ちゃんと一緒にいれる最後の夜は全く寝れずになせこんなことになってしまったのかを検索したりしつつ朝を迎えました。