めちゃ可愛いんだけど、シャワー動かせなくなるからやめてね
もれなく湯船の中でもおならして、泡となって浮かんでくるのが面白い
ついに7500gを越えたので、お風呂が大変になってきた
お腹は8段腹くらいでむちむちです
ついに本格的に哺乳瓶拒否が始まったのもあり先月から完母になりました。
ちょっと体重の増えが緩やかになってきたかも
離乳食は真夏や小児科が休みに入るお盆の時期は避けたいため、6カ月過ぎてから始めることにしました
離乳食が面倒だなあと思ってなるべく理由つけて引き延ばそうとしているだけ...笑
離乳食が本格化するまでは母乳減らないようにもりもり食べます
私が笑
この姿、旦那さんはアシカの子供と呼んでいます笑
続きです。
記憶が曖昧ですが、すぐに旦那さんに泣きながら電話して、義実家からすぐに帰ってきてくれることになりました。
義実家は新幹線で3時間くらいです。
寒い日だったのを覚えています。
暖房も電気もつけずにお腹をさすってソファでぼーと旦那さんが帰ってくるまで泣いていました。
胎動はなかったのですが、エコーにも赤ちゃんは映っていたし、何よりも本当にお腹も張ってなかったし、出血もなくて...
もう心臓が動いていないなんて
もうこれ以上大きくならないなんて
生きている赤ちゃんに会えないなんて
旦那さんは何も言わずに抱き締めてくれました。
その夜、お腹の中のこの子とはあと2日ちょっとしか一緒にいられないから次の日は3人でいっぱい出掛けようと旦那さんと話しました。
すると、夜からお腹が痛くなってきて、少し出血が始まりました。
たまたまかもしれませんが、今でも私はきっと赤ちゃんは1日も多くお腹の中にいて、私たちと一緒にいたかったんだと思っています。
次の日はちょうど日曜日だったので、式場のレストランでフレンチを食べました。
涙は不思議と日中は枯れていました。
味はあまり分からなかったけど、3人での最後の食事になりました。
もう感じることは出来ないかもしれないけど、ちゃんと赤ちゃんも味わえたかな?
月曜日になり、午前は仕事に行き、会社に報告してしばらく休むことを伝えました。
仕事の申し送りなどをして、午後3時に入院
心配した母親もきてくれて、隔離された部屋に入りました。
一応気にしてくれたのか、誰もいない古い棟の部屋を使うように言われました。
1日目はそこから外来でラミナリアを入れて次の日に処置になります。
赤ちゃんと一緒にいれる最後の夜は全く寝れずになせこんなことになってしまったのかを検索したりしつつ朝を迎えました。
