広木さんとゆっくりお話ができて、広木さんのハートのあたたかさに触れられた。

それと同時に、人に自分の気持ちを伝えることの難しさを痛感した。

自分の中にこみ上げる熱い思いをことごとく裏切る、乏しい自分の語彙力。

もっと本を読んでおけばよかった。もっと勉強しておけばよかった。

乙一の「BLUE」を読んだのもタイムリーだった。これはぬいぐるみの話だけど、人の気持ちについてすごく考えさせられる話だった。

今ものすごく中谷くんと話がしたい。単に好きだからとかじゃなくて、今ならすごく人の気持ちについて敏感になっている自分がいるから。気持ちを言葉にできそうだから。

あんな軽くメアド渡すんじゃなかったな。。焦る必要はなかったんだ。後悔してる。

でももう過去のこと。これでメールがこなかったらそれはそういうこと。一人の人間としての中谷くんと話がしたかったっていう私の気持ちを伝えることが十分にできなかったってこと。私が未熟者だったってこと。

でも今それに気付けた自分がいるから、次は今より前に進める気がする。




広木さんの話。

死ぬ間際の母が、どうしてもあなたの作るケーキを食べたいと言っているの、お願いします。
という娘さんが私のところに来た。

でも今の状況では、私は自分が100%納得のいくものは作れない。それは材料の関係であったり、自分の技術の未熟さであったりして。

私はものを作る側として、自分の100%納得のいくものしか出したくない。100%ではないものを誉められても嬉しくないし納得がいかない。

でもお客さんは死ぬ間際にどうしても食べたいと言ってる。

あなたはどうする?
って話。



すごく悩む。すごく難しい質問だよ。。




でもね、私はやっぱり出してしまうと思う。

100%ではないことは自分には納得できないことではあるけど、でもそれによって喜んでくれる人がいることは確か。その気持ちには変えられない。

そのかわり、例えば自分の中での出来が80%だったとしたら

「これは私の中では80%の出来でしかない。でもどうしても食べたいという人、どうしても食べさせたいという人の気持ちに応えたいという気持ちは120%込めて作った。その気持ちは出来とは関係なく自信を持って出したい」と言って出す。

出来、不出来は自分を納得させるため。でも喜んでもらえるかどうかは別。どんなに素晴らしい技術も出来も、結局は人の気持ちには敵わないんだと思う。





技術を身につけるのはもちろんだけど
「人」
「気持ち」
を大事にしたもの作りができる人になりたい。


宮崎に帰ることを深く考えず単に嫌がってたけど、「酒屋 日高」っていう名前の菓子屋もいいかもなって思った。

広木さんの期待に応えたい。

いい意味でまわりの人たちを裏切りたい。


頑張ろう。