5月12日の朝、4時過ぎに久しぶりに金縛りにあった。
暗い部屋の中で全く動けず・・・あ・・・金縛りだ・・・と。

右側になんだかすごく気配を感じて…目の前には今飼ってる猫のぺんちの気配。

すると、ペンチがハスキーボイスのすごい小声で
 「・・・ライチがずっとこっち見てた・・・ず~っとこっち見てた」と。

で、私があぁ右側にいたこの気配はライチだったんだ・・・と思っていたら、
 「ママに抱っこしてもらいたかったって・・・」と。

金縛りがとけたら、やっぱり部屋の中は見えるくらい明るくて。

・・・ライチは5年前の4月9日に私の腕の中で死んだ猫。

ものすごく可愛がっていたのに、だんだん思い出さない日も多くなってきていた。
命日もバタバタしてて、うっかりしていた。

私は息子達に『お母さん』と呼ばれていて、『ママ』と呼ばせたことは1度もない。
男の子だから、どのタイミングで『ママ』から切り替えるのか悩みそうだったから。
だからうまくいえない頃から『お母さん』。

この話をしたら
 「ライチは『ママ』って呼んでたんだね・・・。」
 「で、ぺんちしゃべったんだ!」
と、息子達。

私にべったりで、外出から帰ってくると『ただいまの抱っこ』ってのを必ずしていた。
荷物を置いたら胸にジャンプしてくるのを抱きしめるという儀式。
後半、病気で弱っていても目がすごく胸に飛びたそうで、
 「はい!ピョ~ン!」
っていいながら、こっちからライチを迎えにいって抱えて飛ぶしぐさをさせて抱いていた。

・・・寂しかったのかな? ものすごく。

金縛り、10年以上あってなかった。
最後にあったのは従姉が亡くなる日の朝。 やっぱり4時過ぎ。
これまでの経験から、自分の金縛りには必ず意味があると思っている。

死後の世界が生きてる間は誰にも確認できないんだから、
あるかもしれないと思うし、あって欲しいと思っている。

また会いたいから。 会いたい人や会いたい動物がいっぱいいるから。

時間を作ってお墓参りに行かなきゃね。
待っててね、ライチ。