また、あの人を見た。
あの人は、幼い時にみた姿と何一つ変わらずに。
そう、変わらず薄ら笑いを顔に貼りている。

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コポポポ……
水泡が耳元に触れる音。

昔から同じ夢を何度も見る。
強い霞が掛かって視界は何も見えないけれど
いつも泡がすり抜けて行く、「夢」

(この夢を見ると、、起きたくない。)
……なんて、、どんな夢を見ても大抵起きたくなんかない。
カーテンの隙間から、昼の強い光が差し込んでいる。

無理に目は開けず、枕元の時計を探った。

キュヒョンは県外の大学に進学し、親元を離れワンルームで
一人暮らしをしているごく普通の大学生だ。
彼に取って、食事はとても面倒なものだった。
仕送りは毎日外食出来るほどは無いし、
バイトでもすればよいのだろうがそこまでする程困ってもいない。

何もしなくても腹が減るのは厄介だ。
山になっている衣服の山から、よれたシャツを取って椅子に
掛けてあったジーンズをはいた。

近所を歩くだけでしか使えないような服装に着替え、
左右の靴がバラバラ散らばって置いてある玄関へいき、
はきつぶしたスニーカーをつっかけのように履くと、
眩しい昼の外の世界に出た。

マンションの玄関を出ると、アスファルトを照らす太陽の光で
目が眩む。一気に行くのが嫌になる。

道を歩く人達は、その太陽の光から祝福されているかのように
清々しく見える。

スーパーまで歩いて3分。(…3分も。。)
引っ越す事があれば真下にコンビ二がある家に引っ越そう。

マンションの玄関の前にある一車線の道路を渡り、少しだけ
歩いて角を曲がる。10mもない細い小道を通って、
また曲がると道路を挟んで目の前がスーパーだ。

出来るだけ、眩しくない影をのろのろと歩く。
キャップを被ってこればよかったと少し後悔した。

道路脇の細い道に入ると老いた犬がのたのたと
散歩をしていた。その犬の手綱を持つ人を
ふと見上げた時、持っている人の隣にいる男に違和感を持った。

普通に通り過ぎてみたが、なんとなく気になって歩みを
止め振り返ると彼らはすでに道を曲がった後であった。


…違和感?…既視感…?なんだろ。
…まあ。。いいか。


ポケットにある携帯が、自分の居場所はここだと
いうように喚く。うるさいなぁ。
持ってこなけりゃよかった。
と思うが無意識に手は携帯をつかむものだ。

ため息をつき、手に取った携帯の画面を見ると、
同郷からの友人のリョウクであった。


「今なにしてんの?」
「ご飯買いに出てるけど。」

「近所だよね?じゃ、そのままうちきてよ。暇なんでしょ」

「暇じゃあない」

「飯買いに行ってるんなら暇だろ。
ご飯作ってあげるからきてよ!」

結局リョウクには逆らえない。逆らうと、面倒なのだ。

リョウクの家は、スーパーから歩いて15分ほどの位置にあり、
自転車があれば近いが歩くとなると面倒だ。
まあ、手作りのご飯が食べれるならいいか。
昼の眩しさを耐えつつ、のろのろとリョウクの家にも向かった。





「あのさ、祖母が倒れたんだ。
明日から様子見に実家に帰る事にした。」
「だから、冷蔵庫のものとか、食料減らしたくて。」

沢山食べて。今作ってるのも持って帰って。
腐るともったいないし。


リョウクから、はい!っと野菜や果物で詰まった紙袋を
手渡される。
(…リンゴとか剥けないんだけど…)


キョヒョンに紙袋を手渡すと彼は、
いそいそと作りたての料理をタッパーに詰め始めた。

「何?それもくれんの?」
彼は特に何も答えずにビビットな赤の布製の袋にそのタッパーを
丁寧に入れる。

「これは、お前のじゃない。キュヒョナのは、この鍋の残り。」
といい、温めている鍋を大きくかき混ぜた。


「ピンポーン」
チャイムは、今までのんびりとしていた空気を引き裂くかの
ように部屋に響くものだ。

「キュヒョナ!あ、あっちにも色々置いてるから、
勝手につまんでて!」
居間のテーブルを見やると、大皿の料理がいくつかのっている。

「はいはい」

リョウクが、意味もなくバタバタと動き洗面所に行ったかと思うと
また全身鏡の前で自分の姿を確認して玄関ドアを開けた。

部屋に充満する食べ物の匂いは実家を思い出させる。
ほんの少し懐かしい気分になって側に置いてある雑誌を手に取った。

リョウクは先程丁寧に詰めていた赤い袋は
その人のものだったのか。

低い声がボソボソと聞こえたが、会話を聞くのは野暮だろう
と思い興味のない雑誌のページをぱらぱらとめくる。



「ーーーリョウガ、ありがとう。」
「うん。あ、、帰ったら連絡する。」

「わかった、じゃあ気をつけて帰れよ。」
低くかすれた声と、リョウクの高く通る声は正反対では
あるが二人の声は心地の良いものだ。








ふと、さっきの違和感を思い出した。
なんだったんだろう、あの感じ。


<コポポポポ……>
初めて、夢じゃない時に耳の側を泡が通り抜ける感触がした。