部屋の窓から覗いた時には無かった、
雲がいつの間か少しずつ幅を拡げて行き、
果てなく続く空が黒い雲で浸食されていく。


今日に似た夜を知っている。


雲から雨が今にも零れそうな夜空をしていた。
こうやって一人でこの夜道を歩いた。
街灯や、住宅の窓から漏れる光が
ゆらゆら揺れていて。
コンビニに寄って、目の前にある大きな公園のベンチの
湿ったベンチに寝転がった。

前は、キュヒョンの表面的な部分しか見ようとしなかったのだろう。
というよりも、そこまでの興味もなく彼自身を知ろうとしていなかった。
でも、あいつは彼女と電話しながら僕を探しにきて。
「あいつはこうだろう」と。
いつまで経っても、垢抜けなかった
入ってきたままの弟のような存在が。
そうじゃないって。
あの時、自分の中で何かが覚醒した。

風が重そうな黒い雲を押しやって星や月を次々隠している。
強い風が街灯や道路を通り抜けて、上着のフードがふわりと浮かんだ。

特に買うものもなかったが、目の前にある煌々としている
コンビニにへと吸い込まれるように入る。
陳列されてるお菓子を適当に掴んでレジへ持って行くと、
馴染みの店員がいつもと同じようにそこに立っていた。

にこりと店員は微笑み手早くバーコードを読み取っていたが、
ちらりとソンミンを二度見し、心配そうな表情を浮かべた。

「大丈夫ですか?」
「…?今日も酔ってるように見えます?」

「いえ、そうじゃなくて…」

どういう風に見えたのか気にはなったが、後ろに並ぶ客がいたため
聞き出せず店を出た。明るいコンビ二を背中に、前方にある薄暗い
公園へと足が向かう。

行き先は、考えていなかったのに。

公園へと入り周りを見渡すと数組のカップルがそこには居たが
自分達の世界に入り込みこちらなど気にもされない。
前に自分が居たベンチまで伸びた道を、ゆっくりと進む。
足元の砂の粒がシャリシャリと音を立て、道周りの芝生は夜の
湿度を吸ってか元気そうに生えていた。

儀式みたい。
こうやって同じ事をしたら、

あのベンチの目の前まで来て、再び思い出す。
ここから始まったことを。
キス。僕から。そして、なんだっけ。
今思うと、くだらないことで言い合って。

結局、触れたかったんだ。
全ては口実で、ただ抱かれたくて、触れたかっただけ。
それだけ。いや、「それだけ」じゃない。
触れるその先まで欲しくなった。

頭を冷やして、戻ろうと思ったのに。
消してしまおうって決めたのに。

ここに来てしまっては、ふりだしに戻っているのではないか。
何度も最初から思い出して、記憶に刷り込んでこのままだと
余計辛くなるのに。なぜか、この場所へ。


雲から見え隠れしている一番輝きの強い星に祈る。

(神様、もし、、雨が降るまえに、、、、)

全部を祈りきる前に厚い雲が星を覆ってしまった。
地上から吹き上げた風が、周りの木を揺らし葉が自由に舞う。


「はは、雨。もう降りだしそうじゃん…」
力の無い声が思わず口から出た。
一縷の希望を持とうとしたが、拍子抜けしそうなほど簡単に
それは消えそうだ。空を見上げて、何層にもなっていく雲を眺める。
ぽつりと、手の甲に水滴が落ちてきた。


「……」
手の平を、空に向け伸ばす。
伸ばした手の平に落ちるだろう水滴を感じるよりも先に、
指の隙間からのそのそとこちらへと歩いてくる長身の男が目にはいった。

携帯電話片手に誰かと話しながら。
彼は舗装されて居る砂利道を歩く事なく、元気な芝生を否応無しに
踏みこちらにゆっくり近づいてきた。

あのね神様、さっきあなたにお願いしたんだ。
もし、雨が降り出す前にあいつがきたら。そのときは。


前に見た光景とまるで同じで、時間が戻ったみたいだ。
周りから見たら何も変わらない、僕らは。
僕らだけしかしらない、今の関係。


行き先を考えてなかったなんて、嘘だ。
諦めや、常識が大半を占めていても小さく押しやった
わずかな想いがここだと存在を主張する。
でもその隅に追いやろうとしていた想いが、僕をこの場所へと運んだ。
無意識だと思い込ませたい意識に潜んだ、意思が。


こちらに歩いてくる長身の男は、もちろんキュヒョンだった。
薄暗く表情は見えなかったが、どうやらソンミンを見つけたようだ。

電話口の相手に「ヒョン、いた。」と報告をしている。

ソンミンの目の前までくると

「じゃあ、ありがと。」といい電話を切った。
見上げる僕の顔をじっと見つめる。


来てくれた。
前みたいに、来てくれた。
雨はもう、降り出したようだったけど…もうだめだろうか。
キュヒョナ、ぼくが何を言おうともう逃げないで欲しい。
僕の目の前から逃げてあの子の所へ行くのは嫌なんだ。

「ヒョン、もしかして…泣いてる?」

不思議なものをみるかの如く、目を丸くさせ僕を見つめる。

「泣いてるって?なんで…?」

キュヒョンは丸くなっていた目を細めると、一歩踏み出し距離を縮めた。
「いや、泣いてる。だって…頬が濡れてるよ。」
キュヒョンは持っていた携帯をポケットに入れるとその手で
ソンミンの頬に触れ、指で頬にある水滴を拭った。

「今、雨降り出しただろ。」
触れられて初めて気がついた。自分の頬は確かに濡れていた。

「ヒョン、まだ降ってないよ。ほら。」
指差す方向の街灯は暗い夜とその周りにある木々を、
懸命に照らしていた。

たしかに、降っていない…。
とソンミンが言葉を発する前にキュヒョンがソンミンの顎を持ち
少し上へと向かせる。


「目が、赤いよ。」
「なんで泣いてるの?」

キュヒョンは、急いできてくれたのだろうと思う。
なぜなら髪が四方を向いていて、服もよれているし、シャツの
ボタンが掛け違えているから。

探しにきてくれたんだ。


「なんで泣いてるの?って……僕も知らない。」


「泣きたいのはこっちだよ、ヒョン」と
小さな声でキュヒョンは呟いた。

泣いていてなんていない。つもりだった。

でも、いつのまにか涙はこぼれていたようだ。
心と体は繋がっている。

心が感じないように努力しても、体には心が感じたものが
蓄積されてそれが一杯になると零れて落ちていくんだ。

もう一杯だ、この想いも零れ落ちていくんだろう。

(神様、もし雨が降る前にキュヒョンがきてくれたら、
彼にこの想いを伝えたい。)

零れ落ちる、この想いを言葉に変えて。
雨はまだ降ってはいなかったのだから。