リビングにある大型のテレビには、今日のニュースが映し出され、
そこにいるメンバー達は他愛もない話をしながら聞き流している。

番組プロデューサーが連れてきた彼の姪が子供だということもあり、
早い解散になった。

風呂上りで濡れた髪から水滴が落ちてゆき、ソファーに
落ちた水滴を拭きとる。何気なくソファーの手元にあるだろうと
思っていた携帯を探すと見当たらなかった。

(上着か…)

自室に戻り、上着を手に持つと案の定探していたものの重みを感じる。
携帯を取りだし、画面を確認するとさっきまで一緒に飲んでいた
番組プロデューサーからの不在着信が残っていた。
着信時間から、そう経ってなかったので掛けなおす事にした。

数コール経たないうちに、プロデューサーが出る。
背後の音が大分賑やかだ。
「姪が電話しろってうるさくて。伝えたいことがあるんだって。」
賑やかな音が収まった。騒いでいたのは彼女一人だったらしい。

「まだ寝てなかったの?」
と、出来るだけゆっくりと話す。

「うん」
テンションが大分上がっていたようで静かな夜には響く、元気な声だ。

「もう寝ないと、もう子供は寝る時間だもの。」

「うん、オッパがいうならねる。」

「よし、いいこだね。おやすみ。」

「ねえ、ソンミンオッパ…!!大きくなったらお嫁さんにして~~」
「約束、おねがい!!」

小さくても、やっぱり女の子なんだなあ。と思う。

「はは、君が大きくなる頃には僕はおじさんだよ。いいの?」
「うん!ソンミンオッパのことだいしゅき!!」
「んじゃあ、僕に相手が居なかったらよろしくね、お嬢様」

「おやすみ」

自然と笑みがこぼれる。
通話終了ボタンを押し視線を上げると、キュヒョンが部屋の入り口に
立っていた。

「ヒョン、もう寝る?」
夜の暗さで白い肌が余計青白い、いつも通りの彼だ。

「まだ寝ないよ、どうした?」
「ちょっと、飲みたいのがあって。付き合ってよ。」

キュヒョンの手には既にグラスが二つ握られていた。

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滑らかにグラスにみたされてゆく、深い色をしたワイン。

「古いワインもらったんだ、でもさこれ空けて2日くらい経たないと味が
でてこないらしくて」

「古酒は機嫌を取るのが難しいからね、女性と一緒だ。」

共通の趣味の一つであるワインは、互いに違う角度から情報を
収集していく僕らにとって、話の尽きないものだ。

こうやって、何もなかったかのように普通に話す。
脳裏からは簡単に引き出せる、あの出来事を。
気にしていないふりをしているのだ。
僕も、そして恐らく、彼も。

会食であまり飲めなかったせいで、キュヒョンが用意した
お酒がするする体の中に入っていく。
少しだけ、何かに期待しながら次へ次へとお酒を口元へ運ぶ。

キュヒョンが用意するものは、好みの味が似ているからだろうか。
美味しく、冷えた白ワインは水のように感じだ。

頭の中にある邪な気持ちがあるせいか、何故か酔えなくて意識はハッキリとしている。

「そういえば、ヒョン、どのお嬢様と将来の約束をするの?」
そういえばと思いついたように言う割に、キュヒョンの表情は歪んでいる。

「ん?なに?」
「さっき電話で話してた。」

ぶっきらぼうにそういうと、視線を逸らしまだ入っているグラスに
ワインを注ぐ。

「え、あれはーー」
僕の紅潮しているだろう顔の色とは真逆の
青白い顔の彼はゆらゆらグラスの中で揺れるワインの波を睨む。

今日の会食で、お前がそんな怪訝な顔をしていたら
怖がっただろうなあ、あの子も。
キュヒョナ、もしお前が一緒にいったとしても
告白されるのは僕だっただろう。


「…ああ、今日の子供のことね。。」
知らぬふりか、とぼけたふりか、素知らぬ顔をしている。

その顔で、ふいっと遠くを見ながら彼は呟いた。
「…ねえヒョン、俺も。俺も、結婚したい。」


(…なにいってんだ?)
「ん?したら?。あ~、僕だって結婚したいよ。」

きょとんとした表情は、意外性を含んだ顔をしている。
僕は答えを間違えたのか?

「ちがうよ。そうじゃなくて、、」
キュヒョンが口ごもる。
音が拾いにくく何を言っているのか、わからない。

「キュヒョナ、どうした?
行く前も変な事言ってさ。何かあった?彼女とか…って、
あ、僕は彼女の事とやかく言うのは辞めろって言われてたね。」
我ながら、彼女という言葉を発するとき声がブレそうで不安になる。

歪んだ顔はどこか不安そうだ。
そんな顔するって事は、何か彼女とあって感傷的になっているのか。

口を開く姿がスローにみえる。

「おれね、あの子とは、も…

彼女の話なんて、聞きたくない。
自分から振らなきゃよかったな。
馬鹿だなあ僕は。いつまで経っても先が読めないのは相変わらずだ。
一人でに傷つくのは自分なのに。

聞きたくない。

スローモーションに動く唇が言葉を発する前に、ソンミンは立ち上がり
手に持っていたワインが残るグラスを床へ転がすと両手で彼の口を抑えた。

キュヒョンは、グラスの転がった先をみると、僕に視線を戻す。
彼は、身動きを取らなかった。
じっとこちらを見つめたまま、こちらの動きをみている。

僕の手のひらの下で、キュヒョンの唇が動いてくすぐったい。
それは言葉を発するための動きではなかった。
表面を少しずつ濡らしていく。柔らかく、熱いものが。
僕の目を捉えて離さない彼の目は、優しい目をしていた。

口元から手を離し、両手を彼の頬に添えた。

「ヒョン、あなたは、捌け口なんかじゃない。誰の代わりでもない。
こないだは…、ごめん。」彼は僕を見上げる。
懺悔するかのように、真剣な顔で。

要は、僕は彼女の代わりのはけ口ではなかったって事?
片手を、頬から顎先に沿って撫で顎を上げる。

言葉になってない返事を、彼の唇にキスを落とすと、
自然と僕らは一つになりベットへと潜り込んだ。


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僕らは互いの欲望を果たした後、シャワーも浴びずいつの間にやら
寝ていたようだった。

毛布を抱きしめすやすやと眠る、キュヒョン。
目が覚めたのは間近で鳴るマナーモードの振動音だった。
自分の物ではなく、キュヒョンのものだったが時間をみる癖で、
ホームボタンを押した。

画面には、カカオのトーク通知が名前と文章が
少しずつ見える状態で、振動と同時に表示されていく。

「キョヒョン君、この前はごめん。
ちゃんと話もせずに。」

「また落ち着いーーー

恋人同士しかしらない、「この前」の話。
全部を見る前に画面を伏せた。
キュヒョンを起こさないように、そろりとベットを出ると
シャワーを浴びるために引き出しから着替えを取り出す。

カーテンの隙間から、月明かりが差し込み窓に
引き寄せられるように近づく。
隙間から空を見上げると、小さな月が高い位置に浮かんでいた。
ちょうど、光が差し込む位置だったようだ。
夜空の星は、控えめに光っている。なんとも都会の星らしい。
星に願い事をしてみても、こんな微弱な光では叶いそうにない。

「ヒョン、俺も結婚したい。」
さっきの言葉が、蘇る。

好きな人の幸せを願うのであれば、この思いは、
彼にとってやはり邪魔でいらないものでしかないじゃないか。

ソンミンは小さく溜息をつくと、出した着替えを別の物に変えて起こさないように
足音に気をつけながら部屋を出た。