ベルばらと、もののけ姫のお話を | ★★剣を持った青獅子★★

ベルばらと、もののけ姫のお話を

青いレモンのことを


あれも書こう!
これも書こう!



と思っていたのですが、先週は少しバタバタしてしまい今月は通勤・帰宅時間をアメブロ時間にしています(o^^o)


いつもならお茶を飲みながらゆっくりとベルばらタイムを取るのが楽しみなのですが残念です。



少し前に登場したオルレアンがチャラいプレイボーイ風のファッションをしているなーと思ったのです。



白シャツに肩から羽織るロングガウン。






そんなオルレアンをガン見するオスカル。



その後、





シャツに肩からロングガウンを羽織るオスカル。


流行ってたのかしら?
石田純一風だなぁー、と見ていました。




電車の中だとなかなかベルばら妄想モードに入れずなので、フランスのテロのことについて少しだけ書きます。











もののけ姫を見たことがありますでしょうか。


有名なジブリ作品ですし、多くの方が見たことがあると思いますが、この作品のことを考えていました。


わたしのイマジネーションなので、
ジブリの方達の意図とは違うこともあると思いますが。
いつものように妄想の域で書きます。笑






シシ神様のいる神聖な森に住む山犬に育てられた娘、サン。







そしてタタラ場を切り盛りしながら、当時世の中から虐げられていたハンセン病患者をかくまっているエボシ。







エボシは病を持つ者に優しく接し、女達に生活する術を教えタタラ場で製鉄業を営みます。




しかし神聖な森を荒らすようにしてその聖域に踏みいったエボシたちを始めとする人間を憎むサンと山犬の神。


両者は対立します。





より住みやすい場所と生活力を確保するために森を切り開く人間たち。



もともと自分たちの生活していた場所を奪われる森の者達。



対立する双方の守りたいものと、
相手を憎む気持が分かる作品でした。





外国人の友人と、もののけ姫の話しをしたことがありました。


『これってテロのお話だよね!こんなテロリストいたら怖いね。』


と、いう友人。



『そうかもね。でも、エボシにも守る者があるのだから、一言でこれをテロっていう表現をするのは難しいね。』



私がそう言うと、


『ちがう、テロリストはもののけ姫の方だよ。』


と言うのです。



『えっ?!』


と、私は一瞬ビックリしてしまいました。


私は神聖な森を荒らし、自分たちの利益と生活を守ろうとするエボシ達がテロリストなのだと思っていたのですが、友人は違いました。


『だってさ、あのアニメの世界にいたとしたら、自分の立場はサンなの?エボシなの?』




と言います。



確かに森と生きるサンと比べると、
自分は文明社会に生きるエボシ側であると言えます。



『自然だけを守って生きていくことなんて、もう文明人には出来ないんだよ。
発展しながら生きていく為に森を切り拓くことは仕方の無いことなんだよ』



これは、私にとってかなりショックな見解でした。



自分は文明社会に生きていて、
どちらかというとエボシの立っている立場の人間であるのに
すっかりサンに感情移入してしまい


タタラ場の女達を守らなくてはいけないから仕方がない、とは思いつつも自然を破壊し、神殺しをするエボシをテロリスト扱いしていた自分がいました。



この日から、またもののけ姫をじっくり見てみたいと思うようになりましたが、まだ見る機会がありません。



フランスで犠牲になった方の事を思うと、
テロを仕掛けた心ない者達に対して怒りと軽蔑の気持ちしかありませんが


もののけ姫を見て、
サンを可哀想だと思い
エボシを残酷なやつだと思った時のことを考えると


世界中でテロリストと成り得る者達の最初の姿を『もののけ姫』に見たような感覚がありました。



テロリストとなってしまった者達が、
そうなってしまった原因とは何だったのか。
それを考えさせられました。





もののけ姫のラスト、
サンとアシタカは惹かれ合いながらも別々の世界で生きることを決めます。




『生きる』


という共通の目標を持つために
同じ世界では暮らせないと判断し、
一緒には暮らさないと言うことを選択した2人のようにも見えました。


しかし、アシタカが『ヤックルに乗って会いに行くよ』とサンに告げることで、別の世界で生きていくことにした2人がお互いの事をこれこらも理解し合おうとしているんだな、ということを期待させるようなラスト。



文明人は自然を切り崩して生きていく。
そして、それをさせまいとする者達がいる。



両者が同じテリトリーで生きていくのに殺し合いが必要なら


いっそ関係を持たずに互いの存在を無視しながら別々の場所で生きていける方が良い。




でも、この地球は狭いから
そうすることすら出来ない。



ならば前者とは真逆に、

互いがもっと歩み寄って、
それぞれを理解し合わなければならない。





考えさせられました。




このアニメは主人公がもののけ姫であると言う事もあり、
見ている側が文明人であるのにもかかわらず『文明社会で生活していない者』に感情移入するようなストーリー展開になっているように思います。




私は、


『エボシの気持も分かる』



と、自分が思った時点で、
『私はもののけ姫側の気持ちになって見ていたのだなぁ~』と、改めて思いました。



そしてこのヨーロッパ出身の友人の感性が凄い
と、思いました。



ベルリンの壁崩壊を身近で体験している人なので、対立する民族の気持ちが私たち日本人よりもよく理解できるのでしょうか。



かつては神として崇められたであろう、
シシ神の森に住むオコトヌシ様。


人間への憎しみから、呪いを帯びた『もののけ』と化したこの神は人々を襲います。


アシタカも、オコトヌシ様のようにして祟り神になったものに襲われその犠牲となりました。


威厳ある森の神、オコトヌシ様は最期は『自分自身』を見失っていました。





アシタカのように呪いをもらい受けた身でありながら、この呪いの原因を根本から見直し、改善していこうとする事は簡単にまねできるものではありません。






とにかくもののけ姫、またゆっくり見たいと思います。








そしてこの設定、私はよく知らなかったのですが、


偉大な力を持つ山犬モロに恐れをなした人間達が、その怒りを治めるために生け贄として差し出したのが赤子のサンだったのだそうです。

『もののけの森』の真の物の怪は人間のほうかもしれないと思えるゾッとする設定ですね。


しかし、『人柱』として生きた人間を生き埋めにして建物を建たりする文化があるのだから、森の怒りを沈める生け贄として赤子が差し出されたとしても不思議ではないですね。


人間恐いです。




そしてサンはエボシの娘説があるそうなのです。


へぇー!!!


そうすると、

エボシに捨てられたサンは、
森で山犬モロに育てられ、実の母であるエボシに育ての母であるモロを殺されてしまうことになります。


あれ?


この設定。




どこかで。。。。











もののけ姫のサンの中に、ベルばらのロザリーを見てしまいました。



このはなし、本当であったなら面白いのになぁー(o^^o)