オスカル、アンドレの優しい眼差し
BSアニメ
ベルサイユのばら
19話『さよなら、妹よ!』
この回のロザリーに向けられるオスカルとアンドレの眼差しが素晴らしく優しい。
ふっ
と、視線を落として柔らかい表情をしてみせる2人。
母の仇をとる為に稽古に励むロザリー、
『いつの間にか腕を上げたな』
とアンドレとロザリーの乗馬の腕前が上がっているのを見ているオスカル。
しかし、その母を殺した相手が自分を産んだ実の母だったという悲惨な事実を知ったロザリー。
その心中を察して、まるでロザリーの兄と姉のように接してきたこの2人はロザリーが少し勝手な言動をしても優しく見守っている。
ポリニャックを殺すために、ドギーシュの晩餐会の帰り道で待ち伏せをするロザリー。

手前で燃える炎はロザリーの燃えるような怒りを表現しているのでしょうか。
この2人の間に流れる沈黙の時間を埋めるように鳥が飛び立つ。

こう言うところがドラマみたい。
この間を挟むことにより、更に緊張感が生まれるように思います。
結局撃てないロザリー。
この表情の変化も心の動きを見て取れるようで好きです。



やはり撃てなかったか、、、
そう、おまえはそんな優しい子だ。
とでも言っているかのようなオスカルのこの視線が好きです。



動画でないと、分かりにくいですね。
目を細めるようにして視線を落とすその瞳が、ロザリーを愛おしく想い、そして哀れにも思うお姉さんのようでとても好きでした。
アンドレもそうです。

ロミジュリみたいな構図ですね。笑
オスカルと舞踏会にいかなかったのか?
と、尋ねるアンドレ。
夜会に行けばポリニャックがいる。
私、何をするか分からない。
ちょっと攻撃的なロザリー。
しかし、そんな風にロザリーが少しトガったような受け答えをする理由が分かっているアンドレは
『おやすみ』
とだけ声をかけて去る。
ここがスマートだな、と思ってしまうのです。
あえてロザリーの心中を詳しく聞き出したり、説教したりしません。
ただ、怒りと悲しみに1人耐えるロザリーを優しい眼差しで包み込むのです。
アンドレもオスカル同様、
視線を緩め、柔らかい表情で優しい眼差しをロザリーに送ります。


(20話から急に大人の男性の顔つきになるアンドレ。少年っぽさが良い意味で残った優しい笑顔が素敵だな、と思います。)
そして最後、
シャルロットの死のシーン。
『悲しくなんかない。』
強がって妹の死を目の当たりにしても尚、強気な発言をするロザリーに一瞬オスカルの表情は険しくなりますが

振り向いたロザリーが、ボロボロに泣いているのを見ると
お前はやはり優しい子だからまた1つ、妹が死んだことで更にこれからも心を痛めるだろう
そんな、ボロボロに傷ついたロザリーに、またしても優しい眼差しを向けるオスカル。

この19話で傷つきまくるロザリーをフォローするオスカルとアンドレの『眼差し』が大好きです。
19話の彼らは言葉ではなく、『目』でその心を表します。
ロザリーを不憫に思う気持ちも、
愛おしく思う気持ちも、
慰めてやりたいと思う気持ちも、
すべてその優しい瞳に込められます。
本当に素敵です。
出崎監督は『目』で状況や感情を語らせるのだと言いますものね。
目で、いうとシャルロットもそうですね。
ドギーシュに迫られ恐怖のあまり呆然としていたところから


気がふれて、完全に感情の針が振り切れてしまった、ということが一瞬で分かるこの目の表情。
ん~、素晴らしいです!
今でこそ、気持ちがイっちゃっているときの表現ってこんな感じの瞳孔が開いたような瞳の描き方をされますが、35年前のアニメでも、使われていたたなんて、、、
本当に凄い。
こんな風に、ボロボロに傷ついても、こんなに優しく見守ってくれるオスカルとアンドレという2人が近くにいるロザリーは恵まれていましたね。
優しい二人の眼差しにただ、
キュンと何度もさせられる19話でした。
ベルサイユのばら
19話『さよなら、妹よ!』
この回のロザリーに向けられるオスカルとアンドレの眼差しが素晴らしく優しい。
ふっ
と、視線を落として柔らかい表情をしてみせる2人。
母の仇をとる為に稽古に励むロザリー、
『いつの間にか腕を上げたな』
とアンドレとロザリーの乗馬の腕前が上がっているのを見ているオスカル。
しかし、その母を殺した相手が自分を産んだ実の母だったという悲惨な事実を知ったロザリー。
その心中を察して、まるでロザリーの兄と姉のように接してきたこの2人はロザリーが少し勝手な言動をしても優しく見守っている。
ポリニャックを殺すために、ドギーシュの晩餐会の帰り道で待ち伏せをするロザリー。

手前で燃える炎はロザリーの燃えるような怒りを表現しているのでしょうか。
この2人の間に流れる沈黙の時間を埋めるように鳥が飛び立つ。

こう言うところがドラマみたい。
この間を挟むことにより、更に緊張感が生まれるように思います。
結局撃てないロザリー。
この表情の変化も心の動きを見て取れるようで好きです。



やはり撃てなかったか、、、
そう、おまえはそんな優しい子だ。
とでも言っているかのようなオスカルのこの視線が好きです。



動画でないと、分かりにくいですね。
目を細めるようにして視線を落とすその瞳が、ロザリーを愛おしく想い、そして哀れにも思うお姉さんのようでとても好きでした。
アンドレもそうです。

ロミジュリみたいな構図ですね。笑
オスカルと舞踏会にいかなかったのか?
と、尋ねるアンドレ。
夜会に行けばポリニャックがいる。
私、何をするか分からない。
ちょっと攻撃的なロザリー。
しかし、そんな風にロザリーが少しトガったような受け答えをする理由が分かっているアンドレは
『おやすみ』
とだけ声をかけて去る。
ここがスマートだな、と思ってしまうのです。
あえてロザリーの心中を詳しく聞き出したり、説教したりしません。
ただ、怒りと悲しみに1人耐えるロザリーを優しい眼差しで包み込むのです。
アンドレもオスカル同様、
視線を緩め、柔らかい表情で優しい眼差しをロザリーに送ります。


(20話から急に大人の男性の顔つきになるアンドレ。少年っぽさが良い意味で残った優しい笑顔が素敵だな、と思います。)
そして最後、
シャルロットの死のシーン。
『悲しくなんかない。』
強がって妹の死を目の当たりにしても尚、強気な発言をするロザリーに一瞬オスカルの表情は険しくなりますが

振り向いたロザリーが、ボロボロに泣いているのを見ると
お前はやはり優しい子だからまた1つ、妹が死んだことで更にこれからも心を痛めるだろう
そんな、ボロボロに傷ついたロザリーに、またしても優しい眼差しを向けるオスカル。

この19話で傷つきまくるロザリーをフォローするオスカルとアンドレの『眼差し』が大好きです。
19話の彼らは言葉ではなく、『目』でその心を表します。
ロザリーを不憫に思う気持ちも、
愛おしく思う気持ちも、
慰めてやりたいと思う気持ちも、
すべてその優しい瞳に込められます。
本当に素敵です。
出崎監督は『目』で状況や感情を語らせるのだと言いますものね。
目で、いうとシャルロットもそうですね。
ドギーシュに迫られ恐怖のあまり呆然としていたところから


気がふれて、完全に感情の針が振り切れてしまった、ということが一瞬で分かるこの目の表情。
ん~、素晴らしいです!
今でこそ、気持ちがイっちゃっているときの表現ってこんな感じの瞳孔が開いたような瞳の描き方をされますが、35年前のアニメでも、使われていたたなんて、、、
本当に凄い。
こんな風に、ボロボロに傷ついても、こんなに優しく見守ってくれるオスカルとアンドレという2人が近くにいるロザリーは恵まれていましたね。
優しい二人の眼差しにただ、
キュンと何度もさせられる19話でした。