1月24日
廉太が旅立って5年になりました。
日数にして、1825日。
そう考えると、ずいぶん時間が経ったように思います。
それでも、今日は、
沢山の同級生や友人が廉太に会いに来てくれました。
この日を、憶えてくれている。
それだけで親として嬉しく思います。
本当に、ありがとうございます!
姿は見えない。声は聞こえない。
でも、
みんなの心の中には、12歳のままの廉太が存在している。
なんで見えないんやろ。なんで聞こえないんやろ。
そう考えることは・・・・今は、やめときます。
今日は、このようにたくさんの人が忘れずに来てくれる、
我が息子を誇りに思います。
あつ
でも、やっぱり想像してしまいます。
どんな青年になっているんやろうなって。。。
命日の空は、
雲一つない晴天でした!
『雲の犬』
by 廉太
手紙
昨日、小学校時代にお世話になった先生方が、
もうすぐ廉太の命日という事で、
廉太に会いに来てくれました。
その中の小学3年の時の担任の先生が、
部屋を整理していると、廉太から届いた手紙があったとの事で、
我が家に持って来てくれました。
はがきには、
『これから、勉強に、野球に、先生の話を聞くこと、あと、ゲームをほどほどに、がんばります。』
と書いてありました。
『ほどほどに、がんばります。』なんて言い回しは、
いかにも廉太が書いた文章やな。
大きい文字で書き始めたけど、
途中で、文字が小さくなって、
スペースが余った所なんかも廉太らしい・・・。
(本当はどうか分かりませんが)
天国へ旅立って、
もうすぐ5年。
今や、この文章は、天国で色々教えてくれる
先生へ宛てた手紙であるように思います。
ゲームは、ほどほどやで。
19年。18年。
19年前の1月17日の朝。
もの凄い大きな揺れで、一瞬に目が覚めた。
隣の親の部屋では、母親の悲鳴・・・
倒れてきたタンスの下敷きになってました。
幸い大事には至らなかったですが、
震源地から離れた尼崎でさえ家が潰れるかと思うくらい大きな揺れでした。
犠牲となった6434名の方達の為にも、
個人や国、自治体が防災に十分に取り組まなけらばいけませんね。
そして、18年前の今日は、
入籍した結婚記念日でもあります。
18年間、
山あり、谷あり、ケンカあり、また山あり、谷あり、
所により笑顔あり。
と色々あったし、
これからのあるやろうけど。。。
特別な日です。



