今回、バルト3国を旅する際に、どうしても行きたかったところがこの『十字架の丘』
ただ・・バルト3国は、交通の便が非常に悪く、3国間の首都を結ぶ列車すらまともに走っていません。
ましてや、この「十字架の丘」は、首都から離れている上に、小さな村のさらに郊外・・という悪条件。
でも、せっかく行くんだからどうしても行きたい!
・・・ってことで、あれこれ試行錯誤の結果、移動時間と値段を考慮。
ましてや、この「十字架の丘」は、首都から離れている上に、小さな村のさらに郊外・・という悪条件。
でも、せっかく行くんだからどうしても行きたい!
・・・ってことで、あれこれ試行錯誤の結果、移動時間と値段を考慮。
結局、ヘルシンキからリガへ空路にて移動。その後、ちょっと贅沢ですが、リガ空港から十字架の丘→リガ市内の
ホテルまで、タクシーをチャーターしちゃいました!
リガ空港出迎え&国境を越えて十字架の丘まで片道約2時間半のドライブ→ホテルということを考えると、全部で
6時間くらい?だったのですが、かなり良心的なお値段でした。
ホテルまで、タクシーをチャーターしちゃいました!
リガ空港出迎え&国境を越えて十字架の丘まで片道約2時間半のドライブ→ホテルということを考えると、全部で
6時間くらい?だったのですが、かなり良心的なお値段でした。
タクシーの運転手さんとは、出発前に何通かのメールで打ち合わせ。(もちろん夫が。)
当日宿泊するホテルの方でも、手配してくれるってことでしたが、やっぱり直接交渉の方が安いです。
当日宿泊するホテルの方でも、手配してくれるってことでしたが、やっぱり直接交渉の方が安いです。
当日、空港でちゃんと迎えに来てくれているかとっても不安だったのですが、事前にお願いした通り、
私たちの名前を書いた紙を持って、運転手さんが待機していてくれました。車はメルセデス Sクラス
運転手さんがとってもいい方で、自作のDVD(リガの音楽と、観光名所のスライドショー入り)を作って
プレゼントしてくださいました。
ベルギーよりも日が落ちるが早くて、どんどん薄暗くなっていく中、2時間半ほどひた走り、ラトビアの国境を超え、
小さな村を超え、だだっぴろい平原を抜け、並木道を抜けると・・・ 遠くに、ぼんやり見えてくるのが十字架の丘。
私たちの名前を書いた紙を持って、運転手さんが待機していてくれました。車はメルセデス Sクラス
運転手さんがとってもいい方で、自作のDVD(リガの音楽と、観光名所のスライドショー入り)を作って
プレゼントしてくださいました。
ベルギーよりも日が落ちるが早くて、どんどん薄暗くなっていく中、2時間半ほどひた走り、ラトビアの国境を超え、
小さな村を超え、だだっぴろい平原を抜け、並木道を抜けると・・・ 遠くに、ぼんやり見えてくるのが十字架の丘。

駐車場から見ると、ただの小さな丘・・・って
感じなんですが、その駐車場の横から、もう
十字架が立ち始めていて、歩を進めるにつれ、
どんどんとその数を増して行きます。
どうしてこの丘にこんなに十字架が立てられて
いるのか、誰が始めたのか・・・ その起源は
不明だそうですが、リトアニア人の深い信仰心の
顕れですよね。
無理やりつなげてみた全景↓。この写真だけはクリックすると少し大きくなります。

むか~~~し、テレビか何かで紹介されているのを見たことがあったのですが、想像していたよりもさらにさらに
たくさんの十字架が、ほんとうにいたる所に立てられています。


むか~~~し、テレビか何かで紹介されているのを見たことがあったのですが、想像していたよりもさらにさらに
たくさんの十字架が、ほんとうにいたる所に立てられています。


ひとつの十字架に、さらにたくさんの十字架や
ロザリオがかけられていて、風が吹くたびに
あちこちから物悲しい音が響いてきます。
お天気があまりよくなかったこともあり、
どんよりとした薄暗い空の下、たくさんの
十字架がびっしりと立ち並ぶ姿は、かなり
異様。
「怖い」って感じがしないのが不思議な
くらい、見た目だけなら不気味。
一人ではとても歩きたくないようなところ
ですが、ここで殺戮があったわけでもなく、
お墓というわけでもないので、重たい空気
感はあまり感じませんでした。
丘の近くに建てられているレンガの建物は、フランシスコ会の修道院。

この丘には、1993年に前代のローマ法王 ヨハネパウロ2世も訪れていて、
「ここが希望と平和、愛、そして犠牲者のための場所である」
と、演説したそうです。