創作コラボ企画「オトメ酔拳」スピンオフ
蜂蜜酒の精霊ベレヌス=メブミードの過去の物語です。
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「おめでとうメイブ。あなたは今日から成人です」
ミードはそういうと、ソファに体を半分横たえているメイブに温かいお茶をそっと差し出す。わずかに顔をしかめていたメイブは、小さな声で「ありがとう」というと、息を吹きかけて温度を冷ましてから口をつけた。ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐり、体がじわりと解けていくような感覚に包まれる。
「南の大陸で飲まれているお茶です。女性の体に良いそうですよ」
「ミードはいろんなことを知ってるのね」
「……長く生きていますからね」
ミードの中に芽生えた呼び名のない感情は、胸の奥でまだ燻ってはいたが幾分落ち着きを見せていた。ミードが望む望まぬに関わらずメイブは成長し、やがて自分のもとを離れていく。それは抗うことのできない運命であり、受け入れる以外の道はないのだという諦めが彼の心を鎮めていた。
「今、どんな気分ですか?」
「なんだか変な感じ。だって、昨日と今日で変わったことなんて一つしかないのに、それだけで大人と子供を区別するだなんてね」
「確かにそうですね」
「まだ大人にならなくてもよかったのにな……」
そういうとメイブは小さくため息をつくと、困ったような表情で笑う。ミードは何も答えなかったが、その内心はメイブと同じだった。
「メイブ。あなたはもう、自分の意志で自分の生き方を決めることができます。いえ、決めなければならないといったほうが良いでしょう」
「わかってるわ、ミード。私の選択は私の未来だけじゃない、この国の未来にも影響するのよね」
「はい」
メイブはそういうと、まだ温かい茶が入ったカップに視線を落とし、静かに考え込む。ミードは彼女のそばに座ると、彼女の口が再び開かれるのを待った。
「ねぇミード、あなたは前にいったよね。私が望む道がたとえどんなものでも、私のために用意するって」
「はい」
「今でも同じ気持ち?」
「もちろんです。私にできることなら何でも」
それは、紛うことなき本心だった。そのためにミードは、メイブにさまざまな知識を与え、教育を施してきた。そして、彼女がどんな道を選んでも、彼女が求める限りは——。
「じゃあ、私と結婚してと言ったらしてくれる?」
「えっ……」
全く予想していなかった言葉にミードは息を飲んだ。メイブは真っすぐな瞳でミードを見つめ、押し黙って彼の答えを静かに待っている。
「私は……」
ミードはそういうと言葉に詰まった。様々な感情と考えが沸き上がっては消え、まるで渦の中に放り込まれたような感覚に陥る。なぜ彼女はこんなことを聞くのだろう。自分は何と答えればよいのだろう。
胸が締め上げられたように苦しくなり頬が紅潮する。頭がぼんやりとしてまともに考えることができなくなり体が微かに震えた。いまだかつてないほど混乱した状態で、ミードは自分が答えられるただ一つの真実を口にする。
「私は人間ではありません」
人間ではない。そう、ミードは人間ではない。いかに人間のように生きたいと願い、人間と同じように生活を営んだとしても、彼は永遠に人間になることはできないのだ。
「人間では……ないのです」
真実をかみしめるようにもう一度言うと、胸が引き裂かれたかのように痛む。もし叶うのならば彼女と共に生き、共に死にたい。だが、人間ではない彼には、それは叶わぬ願いなのだ。
ミードの目から涙がこぼれ落ちる。彼はメイブを愛していた。いつか来る別れを恐れ、彼女とともに歩むことができるフィンレイを羨むほどに。庇護者として愛するだけで、これだけの苦しみなのだから、これ以上愛してしまったら一体どれ程の苦しみを抱かねばならないのだろう。
「ごめんなさい。ミード、泣かないで」
メイブは慌ててミードを抱きしめて謝罪した。メイブはミードが人間でないことを知っていたが、これまで一度もそれを意識したことがなかった。メイブにとってミードが人間であるかどうかは重要な問題ではなかったからだ。
「あなたを困らせるつもりはなかったの。ね、泣かないで。本当にごめんなさい」
細い腕からメイブの動揺が伝わってくる。いつもであれば、メイブの動揺を鎮めてやらねばと落ち着きを取り戻すことができるが、この時はそれができなかった。むしろ、これほど深く繋がっていても自分だけが残されてしまうのだと悲しみが募り、涙が次々に溢れるばかりだった。
メイブは言葉を失った。メイブにとってミードは大樹のような存在だった。いつ、どんなときも決して揺るがず、そばにいるだけで大きな安心を与えてくれる。静かで穏やかで、誰よりも強い。そんな存在がミードだった。
そんな彼が腕の中で泣いている。声こそ漏らしていないが、肩を小さく震わせ、まるでなにかに怯えているかのように。メイブはどうすればよいかしばし思案した後、静かに彼の手を取って自分の髪に触れさせた。
「握って」
彼女はそういうと、自身もミードの髪の一房を握る。長く垂れ下がった右前の髪。二人が出会った頃、不安で眠れない夜に握ると不思議と心が落ち着いた蜜色の髪だ。
「私、こうしているとすごく落ち着くの。だから……」
「メイブ……」
「ごめんなさい。私にできることは、あなたが教えてくれたことだけなの」
「あなたは……」
ミードはメイブの髪をそっと撫でる。絹のような髪が指先に触れると体の中にじわりとした温もりが広がり、少しずつ心が落ち着いていく。さらに手を伸ばしてメイブを引き寄せて強く抱きしめると、これまでに感じたことがないほどの大きな安心感が全身を包み込んだ。メイブが感じている安らぎが指先や腕を通して伝わり、乾いた土に水がしみこむようにミードの心を潤していくうちにいつしか涙は止まっていた。
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