暖かくなってきました。
昔の事を思い出しました。

毎年、4~5月になると花の苗と植木鉢を買い集めては寄せ植えして満足していました。
知識もなくやっていました。

そして、花の時期を楽しめた場合もあるのですが、私の場合、途中で枯らしてしまうことが多かったのです。
枯らしては新しく苗を購入してました。
3回位失敗してからは、自分には「多年草」「枝モノ」は向かないと理解ししました。
なので「一年草」を好んで選びました。

小型のパンジー等は元々強いので、私でも綺麗に咲かせることができました。
しかし、改良型の大輪となると、デリケートな品種のようですぐ萎れました。

そんな失敗を10年以上続けてました。

綺麗に花壇を整えている近所のお家を眺めていたら、まだ花が半分位残っていても、季節ごとに次の苗に定期的に植え替えています。ずっと育てる訳ではなく、常に入れかえて美しく保っています。

それを見ていて、自分はモヤモヤしていました。疑問のようなものがありました。それが何なのか最近になって、やっと自分の中で言語化できました。

「私は何の目的で花を植えるのか?」

私自身の目的を自分が知らなかったことに、今更ながら気づきました。
その無理解がモヤモヤを生み出してました。

常に美しく花が咲いていてほしいならば、すでに美しく咲いている寄せ植えの完成品を買えばよかったのです。
その季節ごとに新しくして。

少し手をかけることが苦にならなければ、好みの植木鉢と咲く直前まで成長してる苗を。
そして、楽しみたい期間を楽しんだら花の役目は終了でいい。

育てること自体が目的ならば、種まきからはじめる。あるいは若い苗を選ぶ。これも花が咲く、あるいは種を採取したら役目は終了のはずです。

実用的なモノが好きならば、そして自分で育てたいならば、花ではなくプランター菜園にすればいい。

土の処理や毎日の世話が面倒ならば、割りきって切り花にすればいい。これなら外ではなく、家の中で楽しむことができる。

普通なら「ほしい結果」があって、そのために考えて、何らかの行動をおこす。
でも私は「何がほしい」のか自分に正直に教えていなかった気がします。
自分自身に隠していた気がします。

何より自分の中で目的がブレブレでした。

そのくせ、枯れた植物を見ては「また失敗しちゃった」と思ってました。ムダに失敗ばかり数えてました。本当に失敗だったのか?

「自分はどうしたい」のかをちゃんと考えてなかった。
雑誌やテレビで見かけた格好いいスタイルに憧れて真似してただけ。それも表面上しか見てないから、行き当たりばったりな、勢い任せな浅い思考でやっていた。


ただの花の話ですが、自分には見えてなかった自分自身の思考のクセがこんなところに顕れていた。
こうやって誤魔化し続けた気持ちを見ないふりをしてると、このままだと前に進めない。

10年も20年も誤魔化していたから、どうやって本音を出したらいいか分からない。
でもこのままじゃ嫌だから変わりたい。


暖かくなって、花の苗を見て、また何か植えたいなと思った。できれば大きくなるところを見たい。変化を見たい。成長を感じたい。
花ではなくて、本当に変わりたいのは自分だと思う。自分の身代わりにするのは違うかも。