袋を持ちあげ

 テープを持ち込んでから五日後、ショッピング?モールのビデオショップから、ダビングかできたという電話がかかってきた。寒風をつき、道ゆく人々と視線をあわせないようにうつむきながら、智子は駅前へと歩いた。
 テープを受け取り、支払いをするとき、職員が話しかけてきた。
「お客さん、ずいぶんたくさん、古いテープを持ってたんですねえ」
 顎《あご》ひげをまばらに生やした若い男だった。かすかにいぶかるように眉をひそめている。
「ベータのテープのダビングなんて、うちじゃ久しぶりでした」
「へえ、そうなんですか。でも、おかげで助かりました」
 智子はご愛想程度にほほ笑み、テープの入った重い紙袋を持ちあげた。カウンターを離れ、出口に向かい、自動ドアを踏んで外へ出る。そのあいだずっと、店員のしつこい視線が追いかけてくるのを、背中で感じていた。
 それほど大きな店ではない。店員なんて、せいぜい二、三人くらいしかいないだろう。智子のテープのダビングをしたのは、あの店員だったのかもしれない。そして、若い女の客が持ち込んだ大量のビデオに興味を持ち、ダビング作業をしながら盗み見したのかもしれない。
 そして、そして──あれを何だと思っただろうか?
 奇妙な印象を受けなかったはずはない。泣きべそをかく幼女のアップばかりが延々と続くビデオだ。しかも、わけのわからないことばかりしゃべっている。撮影者が親であることは見当がつくだろうけれど、第三者の目からは、親のやっていることだからこそ余計に異常に映ったかもしれない。
 だからこそ、あの店員は、もの間いたげな顔をしたのだろう。何かきっかけがあれば訊いてきたかもしれない。お客さん[#「お客さん」に傍点]、あれは何です[#「あれは何です」に傍点]? なんであの小さい女の子は泣いてるんです[#「なんであの小さい女の子は泣いてるんです」に傍点]? あのヒヂオを撮った人は[#「あのヒヂオを撮った人は」に傍点]、あの子にいったい何をやらせてるんですか[#「あの子にいったい何をやらせてるんですか」に傍点]? 彼は、今にもそう尋ねてきそうな目をしていた。そこには、かすかにではあるけれど、好奇心と同じ程度の嫌悪の色があったような気もする……
 逃げるように早足で歩き続けていると、投げかけられることのなかったその質問が、想像のなかで次第に大きくふくらんできた。駅前の雑踏のなか、木枯らしに吹かれながら、智子は突然くるりと踵《きびす》を返し、ビデオショップに駆け戻って、あの店員にも、あたりにいるすべての人たちにも、はっきりと言ってしまいたくなった。あのテープに映ってるのはあたしよ、あたしの父と母が、子供のあたしを撮ったのよ、記録をとるために、証拠を残すために。
 なぜなら、あたしは、八歳のとき、交通事故で頭を強打してその能力をなくすまでは、日本で──いえ、おそらくは世界でいちばん幼い予知能力者だったのだから、と。
 今や、智子はそれを、逃れることのできない事実として確信していた。