もう15年、まだ15年…?


産経の主張にもあったように、節目の年ではあるのでしょうが…

私にとっては、やはり、まだ15年です。


思い出すというには、生々しすぎる記憶であり、感情ですね…


斜めに倒れた阪神高速…

あちこちから火や煙が上がる神戸の街(だったところ)…

刻一刻と、日一日と(それも恐ろしい速さで増えていく)亡くなられた人の数…


すみません、あの時の思いを言葉にするのは、まだダメなようです…




ただ……
あの時も今も。

どうして、こんな時に、あんな政府が…

何千人もの人達が亡くなっていくのに、為す術もないかのようにただ見ているのっ?!見ていたのっ?!



憤りで苦しくなります…





1月16日産経朝刊(大阪版)5面より。

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洋上に響く最後の君が代

海自艦撤収シーレーン他国任せに

海上自衛隊のインド洋派遣部隊は15日午後7時(日本時間16日午前0時)、帰国の途についた。15日午前(同15日夕)、部隊はパキスタン艦艇に洋上給油を行い、最後の任務を終えた。…(略)…

■敬意の表明

最後の補給相手はパキスタン艦艇「バブール」だった。「ましゅう」と、同じく護衛艦「いかづち」の艦内では緊張感が高まっていた。バブールは洋上補給が初体験。「慣れない相手とはコミュニケーションがとりづらい」(幹部)という事情があった。
起床前の5時半。艦内の廊下で、神棚の前で静かに手を合わせる隊員の姿があった。
接近するバブールからは「君が代」が大音響で流れる。海上自衛隊への敬意の表明だった。
「送油はじめ」
「バブール、送油開始了解!」
艦橋、甲板に短い指示が響き、最後の給油が始まった。ほどなく、ましゅう幹部は艦橋ウィングで成功を確信したように語った。
「慣れてはいないが、バブール乗員の熱心さが伝わってくる。好感が持てるし、信頼できる」

■いつかまた…

「Let's get together again someday(いつかまた会おう)」
最後の任務は終わった。補給後は互いにエールを交換。いかづちには大きな横断幕。バブールからは手旗信号が送られた。
「I WISH YOUR SAFE JOURNEY (安航を祈る)」
補給活動が終わったのは開始から約2時間後だった。……(後略)…

■任務の重い意味

……(前略)……夏場は40度を超す熱暑と砂嵐…。艦上の体感温度は80度に達する。過酷な作業を支えたのは、この任務が持つ重い意味だ。
インド洋での活動には、シーレーン(海上輸送路)の安全確保という隠れた任務もあった。日本は原油輸入の約9割を中東に依存しており、ペルシャ湾からインド洋、マラッカ海峡を経て日本に至るシーレーンの安全は国益に直結する。
酒井1佐は「湾岸地域からのオイル・ルートで活動することが大きな意味を持っている。そういうことをにらんで活動をとらえており、(撤収は)今後の戦略にも影響を及ぼすと思う」と指摘した。
約8年間で派遣された海自の補給艦、護衛艦などは延べ73隻、隊員は延べ約1万4000人。外国艦艇への給油は939回、約51万㌔㍑にのぼった。

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海自の皆様、お疲れさまでございましたm(__)m
感謝いたしますm(__)m




しかし、鳩山首相は14日に…

「給油活動、十分な意味なかった」(産経1/15朝刊より)

なぞと、述べております。


(´Д`)(__;)(-_-メ)



中川昭一さん、見てますか?

石川が逮捕!です