>>>セカンドオピニオン
患者に与えれた権利であり
納得がいくまでする事は
本当に大切だと思います。

ぽんりーは...
ちゃんとした手続きをせず
自分で病院を変えてしまったので
<ドクターショッピング>
と言われたこともあります。
様々な科の病院を回りました。
内科、胃腸科、外科、消化器科
心療内科、精神神経科...

「あんた精神だから、精神科いきな。」
そう言われ最初に言ったのは
心療内科でした。
何処か...精神科という言葉に
恐れを感じてしまっていました。

2015年の11月頃
初めの所では軽少うつ
(1週間〜2週間の自宅加療を言われ)

2016年の2月〜4月頃
次の所では自律神経失調の極限状態
(1ヶ月以上の安静加療を言われ)
1日に多種多様の薬を15個ほど服用し
何も出来ず寝てばかりでした。

それでも発作は来ました。
熱や腹痛..全身の痺れや痛み、嘔吐...
その他の症状に変わりはなく...
当時のぽんりーは
これも自律神経が悪いから起こるんだ。
そこを何とかすれば良くなるだろう。

そう思い...言われた通りに薬を飲むしか。
それしか出来ませんでした。

転機が訪れたのは同年の4月...

今思えばとても危険な行為だったと
反省していますが...
当時15個も心療内科系の薬を飲んでいながら
車の運転をしていました。

ふと通り過ぎた某レンタルショップ...
店舗は違いますが、ぽんりーにとって
子供の頃からよく利用していた
大手企業の某レンタルショップでした。
子供の頃から大好きな場所でした。

建物も真新しくスタッフ募集とあり...
吸い込まれるかのように面接へ...
採用が決まり...当時のぽんりーの事を
全て知ったうえで対応してくれました。

夜番というポジションに入り
毎日が楽しくなりました。
発作は相変わらずやってきましたが
心は全く違いワクワクしていて
心療内科の診断を疑うようになり
自己判断で薬を全て捨てました。

医者は何も分かってない。
その怒りもあって捨てる事に迷いは
一切ありませんでした。

発作に関しては...発作が起きた時は
市販の胃腸薬と鎮痛剤を買って飲んで
ひたすら耐えての繰り返しでした。

薬を捨てて飲まなくなってから
半月以上たった頃...
いつものように夜番で出勤し
1時間の休憩後、レジに立ち
返却処理が済んだDVDのメンテをしつつ
隣に居た子と話していた時でした。
「今日アダルト多すぎですよね(笑)...」
と発した後から記憶がなくなり

気がつくと救急車の中で
酸素マスクやら心電図モニターやら
色々ついた状態でした。
目の前には救急隊員さんが居て
「ぽんりーさん。分かりますか?」
「ぽんりーさん。お名前言えますか?」
「今、(地名)〇〇病院に向かっています。」
と言われ...また記憶が飛びました。

次に気がついたのは病院でした。
今度は目の前に看護師さんと当直医...
診てくれたのは脳神経外科の医師でした。

ちらほら聞こえる会話の中から
突然後ろに倒れたこと。
呼びかけても意識が無かったこと。
痙攣を起こしていたこと。

突然後ろ向きに倒れたぽんりーを
男性スタッフが受け止めてくれたことで
頭を打たなくて済んだこと。
が分かりました。

脳神経外科の先生は首を傾げて
脳はどこも異常は無いんですが...と言い
意識が回復してきたので入院はせずに
お家へ帰りました。

後にその某レンタルショップには
ぽんりー弟もバイトに来ることになり
楽しい仲間たちと大切な時間を過ごしました。
今でも最高の仲間です。
仲間であり、家族です。
後ろに倒れたぽんりーを支えてくれたのは
仲間ファミリーのパパ的存在の人でした。
ぽんリーの様子がおかしい事に気付き
とっさに受け止めたと話してくれました。

レジ内はそんなに広くなく
後ろにはショーケースや棚があったため
勢いよく支えなしに倒れていたら
打ちどころ悪く...という事も考えられる
そんな状況でした。

飲む必要のない薬でした。
案の定それは何の効果もなく...
日々錠数も増えて
薬の強さも上がっていき...
突然やめた結果の事でした。

今の病院のY先生に定期的にかかり
念の為という事で病院内の精神神経科を
受診してみましたが。

結果は「全く問題なし。」

S先生は優しい笑顔で
「ここで貴方につける病名はありませんよ。」
と言ってくれました。
「でも悩み事がない人なんて居ない。
あって当然だから何かあったいつでもおいで。」
と送り出してくれました。

ぽんりーと記憶1でした。