胆大小心録 その120 | むかしのはなし

胆大小心録 その120

百二十

聖人もだんだんと流派や解釈が多岐に渡り、悪人役を加えなければ、
芝居が打てないようになった。

ある儒者(荻生徂徠)が
「聖人とはどのような場合でも乱れた国を治めた者を言うのだ」
と言ったのは、
聖賢の道が廃れた現代のみを見ての早合点だ。
「国を盗めば侯(領主)となる、そんな侯の心に仁義があるという」
とは、細々しくて承知しがたい。

その儒者殿はその心のせいで、身持ちが悪く、
徂徠学だと言えば、今の俳諧師のような評判だ。
太宰(春台)という者が力説しても、
結局は本家の評判が悪いから全く継承者が出ない。


荻生徂徠は江戸出身の学者で、
千葉県の茂原市で13年間も独学で教養を深めた人物です。

太宰春台は徂徠の弟子でありながら、後に独自の論説で名を知られた人物です。
「経済」という言葉を広めた人物でもあるそうです。