胆大小心録 その101 | むかしのはなし

胆大小心録 その101

百一

日(天照大神)も月(月読命)も、
目・鼻・口があって、人の体と同じようなものと
古伝に解説されている。
ゾンガラスという千里鏡(望遠鏡)で見ると、
日は炎のように燃え、月は水が沸くような姿であり、
人体のような姿はしていない。

田舎者のふところ親父(本居宣長)の説も、
田舎者が聞けば信じるだろう。
(しかし知識の開けた)京の者には通用しないだろう。

(宣長は)大和魂という言葉をやたらと使う。
どこの国でもその国の魂が国の欠点だ。
自分の肖像画の上にこう書いた。
 敷島のやまと心の道とへば朝日にてらすやまざくら花
 (日本人の心は朝日に照らされ輝く桜のようだ)
とはどういうことだ。
肖像の上にそんな事を書くとは、尊大の親玉だ。
そこで、
「しき島のやまと心のなんのかのうろんな事を又さくら花」
 (やまと心だの何だのといい加減な事をほざく桜のようだ)
と、答えた。
「喧嘩早い事よ」と言って笑っていた。

馭戒慨言という物、勝手気ままに書いた末尾に、 
総見院右大臣どの(織田信長)、豊国の大神(豊臣秀吉)ともに尾張の国より出でて、
天下の騒乱を鎮めた。
これは熱田新宮に納められている草薙の剣の御徳だという。
三河の国には、何かその草薙の剣のような宝があって、
今や二百年の治世に入っているのだという。
俗っぽい坊主の説教のようで説得力に欠ける。


前回に引き続き本居宣長の話です。

肖像に添えたという歌ですが、
正確には
 敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花
だそうです。

「馭戒慨言」は宣長が書いた日本外交史で、
ギョジュウガイゲンまたはカラオサメノウレタミゴトと読むそうです。

宣長との論争に関してですが、
馴染み深い分心情的に秋成が正しいと思ってしまいますが、
実際のところどうなんでしょうね。

機会があれば宣長の本も読んでみたいです。