胆大小心録 その90
九十
近年、書の達者な人はもちろん、拙い人でさえも、
古人の筆跡を好んで、真贋を論じたりするのがけしからん。
自分の技量をわきまえて、何かと大口を叩くべきではないのに、
鑑定の談義とは甚だ片腹痛い。
また鑑定家と名乗る者も、昔は知らぬが、
最近京阪で知れ渡っている人は悪書の者ばかりだ。
こんな腕前でどのように鑑定するのかと思えば、
そもそもは近代の公家の名家の書をまず習って、
少しずつ遡って、貫之や道風などの書を鑑定するという事だ。
こんな方法で納得できるものではない。
江村専斎の「老人雑話」にて、
蓮華王院(三十三間堂)に収められている貫之の土佐日記の自筆本を、
定家卿が書き写したものを、連歌師の里村玄的が度々見たという。
最後の二、三枚は定家卿が貫之の筆跡を模写したといわれており、
その字の形は科斗のようであった。
今、貫之の書と言われているような物では無いそうだ。
その日記は加賀殿(前田家)に召されたが、
今は智仁天皇の下にあるそうだ。
これは実際に見た人の話だ。
現代でも様々な鑑定家がいますが、
筆跡にももちろん鑑定が必要ですね。
未熟な者が知ったかぶって真贋を語るのも滑稽ですし、
肝心な自分の技術を磨く事を疎かにして、
他人の筆跡を勉強するというのは確かに片腹痛いですね。
最初に公家絡みの名家を勉強して、
紀貫之や小野道風のような偉人を後回しにするのは
第1条でも出てくるへつらいの類でしょうか。
里村玄的は江戸時代前期の歌人です。
江村専斎は同じく江戸時代前期の医師で、100歳まで生きたそうです。
彼の言葉を弟子の伊藤坦庵がまとめたものが「老人雑話」です。
近年、書の達者な人はもちろん、拙い人でさえも、
古人の筆跡を好んで、真贋を論じたりするのがけしからん。
自分の技量をわきまえて、何かと大口を叩くべきではないのに、
鑑定の談義とは甚だ片腹痛い。
また鑑定家と名乗る者も、昔は知らぬが、
最近京阪で知れ渡っている人は悪書の者ばかりだ。
こんな腕前でどのように鑑定するのかと思えば、
そもそもは近代の公家の名家の書をまず習って、
少しずつ遡って、貫之や道風などの書を鑑定するという事だ。
こんな方法で納得できるものではない。
江村専斎の「老人雑話」にて、
蓮華王院(三十三間堂)に収められている貫之の土佐日記の自筆本を、
定家卿が書き写したものを、連歌師の里村玄的が度々見たという。
最後の二、三枚は定家卿が貫之の筆跡を模写したといわれており、
その字の形は科斗のようであった。
今、貫之の書と言われているような物では無いそうだ。
その日記は加賀殿(前田家)に召されたが、
今は智仁天皇の下にあるそうだ。
これは実際に見た人の話だ。
現代でも様々な鑑定家がいますが、
筆跡にももちろん鑑定が必要ですね。
未熟な者が知ったかぶって真贋を語るのも滑稽ですし、
肝心な自分の技術を磨く事を疎かにして、
他人の筆跡を勉強するというのは確かに片腹痛いですね。
最初に公家絡みの名家を勉強して、
紀貫之や小野道風のような偉人を後回しにするのは
第1条でも出てくるへつらいの類でしょうか。
里村玄的は江戸時代前期の歌人です。
江村専斎は同じく江戸時代前期の医師で、100歳まで生きたそうです。
彼の言葉を弟子の伊藤坦庵がまとめたものが「老人雑話」です。