胆大小心録 その84 | むかしのはなし

胆大小心録 その84

八十四

桜を七日花と呼ぶのは誤りだ。
万葉集に、大官人の難波への使者が竜田山を越えて来た時に、桜が花盛りだった。
そこで歌を詠んだ、
 我がいききは七日に過ぎじたつた彦ゆめこの花を風にちらすな
 (私の旅は七日とかかるまい。風神よ、どうか帰るまで花を散らさないで下さい)
この七日とは、使いが終わる時期を数えて言ったのだ。
早く事が片付いて、翌日帰る段になって、また歌を詠んだ。

西行が、
 思ひやるたかねの花の雲ならばちらぬ七日ははれじとぞ思う
 (高嶺の花は雲の如くだとすると、
 花の咲いている七日間は晴れなかったという事になるのだろう)
と、上手く詠んだが、正しくは無い。

また桜町の中納言が泰山府君に祈って、
七日で散る花を三十七日まで延ばしてもらったという話は間違いだ。
そうでなければ物知らずだ。

桜の仲間で、現在泰山府君と呼ばれるものと、虎の尾と呼ばれるものは、
八重であるのみならず、色も濃い。
しかし萎れて散る姿はみすぼらしい。
この種は祈るまでも無く、必ず二十日は咲き続けるのだ。


桜の話です。
桜は七日で散ると言われていて、七日花と呼ばれていたそうですね。
それに対し秋成は、
二十日は咲くものだから、七日云々という歌や記載に異を唱えているわけです。

ちなみに桜町~の部分は源平盛衰記に出てくるエピソードだそうです。


以下余談。

胆大小心録は全部で163条なので、気付くと半分を過ぎていました。
いつも拙い文章を読んで下さっている皆さんに感謝です。

ここまで続けてきて思ったことは、
自分が全く進歩していないという事です。
これを始めた頃は、
続けていく内にスラスラと進められるようになると考えていたのですが、
向上心が無いせいもあり、実際は大して変わりませんでした。

まあ趣味でやっている事なので、自分としては特に問題は無いのですが、
過去の記事を見返して間違いに気付いてこっそり直したりしているので、
皆さんに対しての若干の罪悪感はあります。

多少ペースは落ちるかもしれませんが、
これからも何とか続けていくつもりなので、
今後ともよろしくお願いします。