胆大小心録 その62 | むかしのはなし

胆大小心録 その62

六十二

鈴木伝蔵という対馬の者が、何とかといった韓人を殺して、大騒ぎであった。
興津能登守という町奉行が、厳しい吟味で、何の苦も無く逃げたのを捕らえて、
とてもむごく追求した。

鵜殿出雲守は理屈ばってばかりいて、腹芸は下手だったそうだ。
これはみな対馬藩の家老平田将監という人の欲心から発生した騒動だという事だ。

伝蔵は吟味が済んで、尻無川の韓人の前で、打ち首になったという事だ。
(伝蔵が)引かれていく時に、辻にたくさんの見物人がいたが、
新町の西口に、女郎達が大勢立っていて、
「それそれ唐人殺しが来た」
と言って、駕篭の中を覗いて、美男であった為に、
「あの人かい、あんないい男が何で人を殺すというのか。お上はむごいものだ」
と言ったそうだ。


鈴木伝蔵は第11回目の朝鮮通信使を迎えた際の
対馬藩の小通事(通訳補佐)で、
通信使の崔天崇という人物を刺殺したそうです。

その経緯については長くなるので書きませんが、
名誉を傷つけられたのが原因だそうです。
朝鮮使は使節とはいっても、乱暴狼藉を働くものが多く、
相当評判が悪かったそうです。

興津能登守は大阪西町奉行、
鵜殿出雲守は大阪東町奉行だそうです。

ちなみに平田将監がどういう人物であるかは不明です。
事件にどう関わって来るのかが気になるところです。