胆大小心録 その14
十四
伊勢の村田道哲という者が、医者を志して大阪で寓居している。
ある年天行病に罹って非常に苦しんだ。
自分の医者仲間たちが集まったが治すことはできなかった。
道哲の故郷から兄と名乗る人が来て、仲間たちに礼を言った後に、
「今はお帰り下さい」
と言ったので、皆帰って行った。
兄が道哲に言った。
「お前は京阪に永く居て医術を学ぼうとしていたが、
医術を超越した術を学んではいない。
医者の方々は助からないと申されている。ならば命を兄に預けなさい」
と言って、寝台の上で裸にし、扇で静かにあおぎ、
時々薄粥と熊の胆とを口に注ぎ入れて、
一、二日様子を見続けると熱が少し下がり食事ができる様になった。
やがて全快すると故郷に連れて帰って行った。
これは兄が住む相可という里にいる鶴田某という医師が、
薄衣薄食を常に心がけよ、と教えた為、里に住む人は病をしないということだ。
彼はまさに医聖である。
その教えに
「よきほどと思ふは過ぎたる也」
(程よいと思う事は、すでに過剰になっているという意味)
その通りだと思う。
が、翁(秋成)がこっそりと言う。
「薄衣は夏にはどんな場合でもするべきではない」
と。
夏はかえって午後九時ぐらいからは一枚だけは身につけて寝る方がいい。
天行病とは季節によって流行る病との事。
今で言うと例えばインフルエンザのようなものでしょうかね。
相可は三重県多気郡多気町にあり、とても歴史のあるところです。
ちなみに「雨月物語」にも相可の出身者が出てきます。
鶴田という医者の言う薄衣薄食とは、
厚着を避けて少食を心掛けるという意味で、
これは現代にも通用する理屈ですな。
「よきほどと思ふは過ぎたる也」はここでは衣食に関しての忠告でしょうが、
万事においても同じ事が言えそうです。
医聖とまで褒めておきながら、最後にこっそりといちゃもんをつけるあたりが
偏屈な秋成らしくていいですな。
同業者としてのプライドもあるのかも知れませんが。
伊勢の村田道哲という者が、医者を志して大阪で寓居している。
ある年天行病に罹って非常に苦しんだ。
自分の医者仲間たちが集まったが治すことはできなかった。
道哲の故郷から兄と名乗る人が来て、仲間たちに礼を言った後に、
「今はお帰り下さい」
と言ったので、皆帰って行った。
兄が道哲に言った。
「お前は京阪に永く居て医術を学ぼうとしていたが、
医術を超越した術を学んではいない。
医者の方々は助からないと申されている。ならば命を兄に預けなさい」
と言って、寝台の上で裸にし、扇で静かにあおぎ、
時々薄粥と熊の胆とを口に注ぎ入れて、
一、二日様子を見続けると熱が少し下がり食事ができる様になった。
やがて全快すると故郷に連れて帰って行った。
これは兄が住む相可という里にいる鶴田某という医師が、
薄衣薄食を常に心がけよ、と教えた為、里に住む人は病をしないということだ。
彼はまさに医聖である。
その教えに
「よきほどと思ふは過ぎたる也」
(程よいと思う事は、すでに過剰になっているという意味)
その通りだと思う。
が、翁(秋成)がこっそりと言う。
「薄衣は夏にはどんな場合でもするべきではない」
と。
夏はかえって午後九時ぐらいからは一枚だけは身につけて寝る方がいい。
天行病とは季節によって流行る病との事。
今で言うと例えばインフルエンザのようなものでしょうかね。
相可は三重県多気郡多気町にあり、とても歴史のあるところです。
ちなみに「雨月物語」にも相可の出身者が出てきます。
鶴田という医者の言う薄衣薄食とは、
厚着を避けて少食を心掛けるという意味で、
これは現代にも通用する理屈ですな。
「よきほどと思ふは過ぎたる也」はここでは衣食に関しての忠告でしょうが、
万事においても同じ事が言えそうです。
医聖とまで褒めておきながら、最後にこっそりといちゃもんをつけるあたりが
偏屈な秋成らしくていいですな。
同業者としてのプライドもあるのかも知れませんが。