胆大小心録 その8
八
村上天皇の御世の天徳四年の火事の際に、
宮殿のみか、宝物庫に書庫も跡形も無く亡びて、
国史といえども原本は無くなってしまって、
様々なところから繋ぎ合わせているという事だ。
ある有識者がこう仰っている、
「鏡も剣も無事であるというが、亡びた証拠だ」
と。
天徳四年(960年)に内裏が火事になり、多くの文化財が焼失したそうです。
「鏡も剣も~」は三種の神器の事と思われます。
注釈によると平安時代に編纂された歴史書である日本紀略に、
「調度(おそらく鏡を納めた箱を 指す)が焼損したが、鏡には全く異常が無かった。
神異によるものである」
といったニュアンスの記述があるそうで、
その有識者とやらは、それが眉唾ものであると言っているのでしょうな。
村上天皇の御世の天徳四年の火事の際に、
宮殿のみか、宝物庫に書庫も跡形も無く亡びて、
国史といえども原本は無くなってしまって、
様々なところから繋ぎ合わせているという事だ。
ある有識者がこう仰っている、
「鏡も剣も無事であるというが、亡びた証拠だ」
と。
天徳四年(960年)に内裏が火事になり、多くの文化財が焼失したそうです。
「鏡も剣も~」は三種の神器の事と思われます。
注釈によると平安時代に編纂された歴史書である日本紀略に、
「調度(おそらく鏡を納めた箱を 指す)が焼損したが、鏡には全く異常が無かった。
神異によるものである」
といったニュアンスの記述があるそうで、
その有識者とやらは、それが眉唾ものであると言っているのでしょうな。