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性被害という忌まわしい出来事を

経験してしまった人は

どうやってそれを乗り越えてきたのだろう。

きっと乗り越えることなど

本当はできないのではないだろうか。


私は当時まだ5歳という幼さ。

両親は「そのうちきっと忘れてしまうだろう」とでも

思っていたのだろうか。

フォローもじっくり私の話を聞く事もしなかった。


時は晩秋のある日の夕方。

「面白いもの見せてあげる」と言われて少年に付いて行った。

近所に住む顔見知りの少年(T・M)なので

なんの躊躇もなかった。


家に帰り、自分が少年からされたことを

幼い私があっけらかんと話した時、

血相変えた両親は急いで家を飛び出し

少年の家に向かった事までは覚えているが

その時何があったのかは知らない。


気が短い父の事、

穏やかであったわけがないが

真実はわからない。


2人とも他界したので

もう知る術もない。

存命であったとしても

多分聞けなかった。

お互い忘れてしまいたい事なのだから。



この事を父が話したと思われる親戚の叔母から

「交通事故みたいなもんだから早く忘れなさい」

と言われた。

これもなかなかの暴言である。


私が近所の少年からされた性被害。

だんだんそれがどんな事なのか

わかってきてからの

苦しみと絶望感は他人には

到底理解できないだろう。


私がもし訴えたとしても

「所詮子供のやったこと、

悪いことだとわかってやったことではない」と、

逆に私が諭されたのかもしれない。

もう起きてしまったこと、

今更どうしろというのだ?!と。

忘れるしかない、と。


小学校6年生は子供といえば子供だが、

私の人生を狂わせたことには変わりない。


思春期を迎えた少年が

興味本位でやったことなのかもしれないが、

エロ本読んでマスターベーションやったことでもなければ

女の子のスカートめくりをしたレベルのことでもない。


一人の人間の人生に大きな陰を落とした罪は大きい。



謝罪はなかった。

もちろんその少年の両親からの謝罪もなにもなかった。

ご近所付き合いは何一つ変わることなく円滑に続いた。


私の両親も含めてみんなで葬った出来事だ。


しかし、私はしっかり覚えている。

あの時の出来事は、

今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。


あれから何十年経とうとも、

私は到底許すことなどない。


時効だ、忘れた、証拠がないと

法で裁く事ができないのなら

あの男の娘も同じ目に遭えばいい。


裁判で訴えること、

公にすることは

セカンドレイプになる。

得する事は何一つない。

だから泣き寝入りするしかないと

全てを諦め涙を飲んできた人たち。


被害者なのに。


憎しみの連鎖はなにも生まないと

わかったような事を説く人がいるけれど

生む生まないの話ではないということを

今一度確認するべき。


もし、あの男の大切な娘が誰かに

私と同じ目に遭わされたのなら

これが因果応報なのだと悟る時。


人生はやり直しがきくが、

取り返しのつかないものなのだ。