名将・西本幸雄さんが死去2

西本幸雄さんは1960年の一年限りで大毎オリオンズ監督解任。
一年解説をして
1962年~1973年阪急ブレーブス監督。
前の5年間で4位3位5位4位5位と近鉄や東映と共にBクラス常連だった阪急。
西本監督は
5位6位2位4位5位のあと
1967年に初優勝させます。
以降
1968年優勝
1969年優勝
1970年4位
1971年優勝
1972年優勝
1973年2位
と中日ドラゴンズを解任された落合監督みたいに
「優勝して当たり前」のチームにしました。
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そして1974年
近鉄バファローズから
「ぜひ優勝させてほしい」と
阪急から譲ってもらう形で円満に監督就任。

現在の横浜ベイスターズと同じくらい弱く、
三原脩監督でも優勝できなかった近鉄を猛練習で
1974年5位
1975年2位
1976年4位
1977年4位
1978年2位
と順位を上げて
1979年1980年と連続優勝させます。

ただ、日本シリーズではストッパー江夏豊を擁する広島カープにいずれも敗退。
特に1979年は「江夏の21球」

第7戦広島1点リードで
9回ウラ無死満塁から
佐々木恭介(のちに近鉄監督ドラフトでPL学園の福留を引き当て「ヨッシャー」でおなじみ)三振。
次の石渡いしわた選手のスクイズをはずして逃げ切り
広島カープが初の日本一に。

大毎といい近鉄といいスクイズ失敗で日本一をのがしているんですよねえ…。
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翌1981年で近鉄監督を引退。
最終試合はくしくも近鉄-阪急で
両チームの選手から胴上げされて送られました。
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「悲運の名将」と言われる西本監督ですが、
約20年の監督生活で半分近い8回も日本シリーズに出たのはすごいことです。
中日ドラゴンズの落合監督と重ね合わせれば納得できるのではないでしょうか。

西本幸雄さんのご冥福をお祈りいたします。