コ○チ批判はともかく・・・・
恥ずかしながら、ここ最近、自分のダメなところがやたらと気になるようになってきた。
子どもを躾たり教育したりという以前に通常の日常的な態度や話す内容に問題があることにいまさらながら気づいた。
1.子どもの前で夫婦ゲンカ、妻に対して上から目線のもの言い
2.子どもの前で他人の悪口
考えてみれば教育上よくないことは誰でもわかるのに無意識のうちにやってしまっていた。子どものために生きていると自負していた自分が本当に恥ずかしい。
(たぶん)これによって友達に対して攻撃的で思いやりがない態度が多くなり、周囲と仲良くできなくなってきているらしい。
そして、教育はというと、
3.先を行かせてアドバンテージを感じさせ、モチベーションを上げたいがために、ああしろこうしろと厳しく指示をしすぎた。結果的に言われたことはその場はできるが、気がつくと言われないと何もできない(考えられない)子になっていた。
4.結果的に私の目が届かないところではサッカーだけでなく、生活すべてがメチャクチャ。
私のことが恐いなら、あとでバレたら困るということくらい考えられるだろうに何故そういうことをするのか?とずっと不思議だったが、結局この疑問の答えが3によって思考停止しているから考えられないのだと最近悟った。周囲との軋轢も思考停止によって改善思考や行動が起動していないという相乗効果も出てしまっているのだろう。
そして、直後から私のムスコ改善計画がスタートした。
何故これにもっと早く気づいてあげられなかったのか?
・・・非常に後悔している。本当にすまないと思っている。
今後この状況を改善するのは根気がいる作業だが、基本的に賢いので思考が開始されれば改善は急速に進むはずだと思っている。
まず、思考できる状況、しようと思える状況を作ってあげる必要がある。
「叱らない」。・・・・メチャクチャでもなんでもとにかく、まずは叱らない。
「それでいいかどうか考えてみようよ。もっと違うことしたほうがいいんじゃない?」
「○○はすごくOKだったよ。でもさ、△△はもうちょっとああしたほうが、さらにいいんじゃない?」
「こうしたほうが楽しいんじゃない?」
「ちゃんとしたほうがカッコイイよ。」
優しくした上で考えさせるように誘導する。
まだ我慢と試行錯誤をはじめて2週間ほどで既に若干ではあるが、効果は出てきているようだ。
今後もずっと続けていこうと思う。
これもまた、この子が大きくなったときに見返してみる価値のある気づきだったと思っている。
子どもを躾たり教育したりという以前に通常の日常的な態度や話す内容に問題があることにいまさらながら気づいた。
1.子どもの前で夫婦ゲンカ、妻に対して上から目線のもの言い
2.子どもの前で他人の悪口
考えてみれば教育上よくないことは誰でもわかるのに無意識のうちにやってしまっていた。子どものために生きていると自負していた自分が本当に恥ずかしい。
(たぶん)これによって友達に対して攻撃的で思いやりがない態度が多くなり、周囲と仲良くできなくなってきているらしい。
そして、教育はというと、
3.先を行かせてアドバンテージを感じさせ、モチベーションを上げたいがために、ああしろこうしろと厳しく指示をしすぎた。結果的に言われたことはその場はできるが、気がつくと言われないと何もできない(考えられない)子になっていた。
4.結果的に私の目が届かないところではサッカーだけでなく、生活すべてがメチャクチャ。
私のことが恐いなら、あとでバレたら困るということくらい考えられるだろうに何故そういうことをするのか?とずっと不思議だったが、結局この疑問の答えが3によって思考停止しているから考えられないのだと最近悟った。周囲との軋轢も思考停止によって改善思考や行動が起動していないという相乗効果も出てしまっているのだろう。
そして、直後から私のムスコ改善計画がスタートした。
何故これにもっと早く気づいてあげられなかったのか?
・・・非常に後悔している。本当にすまないと思っている。
今後この状況を改善するのは根気がいる作業だが、基本的に賢いので思考が開始されれば改善は急速に進むはずだと思っている。
まず、思考できる状況、しようと思える状況を作ってあげる必要がある。
「叱らない」。・・・・メチャクチャでもなんでもとにかく、まずは叱らない。
「それでいいかどうか考えてみようよ。もっと違うことしたほうがいいんじゃない?」
「○○はすごくOKだったよ。でもさ、△△はもうちょっとああしたほうが、さらにいいんじゃない?」
「こうしたほうが楽しいんじゃない?」
「ちゃんとしたほうがカッコイイよ。」
優しくした上で考えさせるように誘導する。
まだ我慢と試行錯誤をはじめて2週間ほどで既に若干ではあるが、効果は出てきているようだ。
今後もずっと続けていこうと思う。
これもまた、この子が大きくなったときに見返してみる価値のある気づきだったと思っている。