展示「所沢航空発祥記念館ゼロ戦展示」感想
第二次大戦航空史話の下巻に「われサイパンに生きて」という章があり、この中で、米軍がサイパン上陸と同時に、日本軍の銃撃をうけながら飛行場に残されたゼロ戦を回収する、というくだりがあります。このとき、多数鹵獲された軍用機の中の、二六一空という戦闘機隊に属するゼロ戦が、戦後、飛行可能な状態に復元されて、何度か来日する事になります。それが、コレ。61-120号機、今回三回目の来日だそうです。所沢にある、航空発祥記念館というところで開催されている『日本の航空技術100年展』という展示の目玉です。・・・で、この展示、内実は、「零戦実物とその設計者、堀越二郎の関連資料を見せる。」というもので、それ以外の要素が、『日本の航空技術100年展』と名乗るために、無理やりちょっとだけ付け足してあり、正直、無用の印象をもちました(爆)自分、最近流行の右っぽい修正史観がいかにも小物臭くて苦手なんですが、それとはまた違うベクトルの、こういった企画に際し、「これは軍事技術の展示です。」と、さらっと言わない偽装的感じも、一体なんなのだろうと思ってしまいます(笑)まあ、特にこの飛行機に付きまとう、定型化した胡散臭いイメージがちょっと・・・というのも、わかることはわかるんですが。それはさておき、宮崎駿監督『風立ちぬ』の公開にさきがけての話題性もあってか、想像以上に多く見学されてる方がいらっしゃいました。この映画、主人公がイタリアの航空機設計者カプロニと関連づけられていたり、突飛なキャスティング等で話題をまいているようで、どのような表現になるのか、個人的にも楽しみです。史実の堀越二郎は、昭和の初め、三菱に入社するとすぐヨーロッパに派遣され、ドイツの飛行機メーカー、ユンカースを視察したそうです。この頃のユンカースは、軽合金の波板で作ったトタン屋根のような飛行機を製造していて、個人的には、堀越さん本人もさることながら、気鋭の若手社員にいち早く全金属製の飛行機の設計と生産を見学させて主任設計に抜擢した、三菱のどなたか上司の方(笑)に卓見を感じます。ゼロ戦と同時代、当時世界第一の大国であったイギリスが、新鋭機「スピットファイア」の生産が軌道に乗らず機材不足を来たし、鉄骨羽布張りの「ハリケーン」で戦力を補強しながら『英国の戦い』を戦わざるをえなかった、などという記事を見るに、思い切った転換に早めに踏み切った功は大きかったのではないでしょうか。ちなみに堀越さんがイタリアの航空産業になんらかの感銘をうけた、というような形跡はないようです(笑)あ、でも別に、映画における人物像の換骨奪胎を批判するつもりはありません。気になるとしたら、それをする意図が下品じゃないかどうか、だけで、演出としてそういうのもありだと思うので。映像展示の中で、堀越さんの長男の方もおっしゃってましたけど、確かに綺麗な飛行機ですね。