怪談「旧病棟」
(以下、本文には地震の表現があります、どぎつい描写をしたつもりはありませんが、一昨年の体験などで、苦手に感じる方は閲覧ご注意ください、東日本大震災で被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます)何もかもが崩れ落ちた街路を、少女は懸命に歩いた。どこの救護所も医者は手一杯だという。□「今年はS病院の旧病棟を特集するわよ!」アヤは新聞部の部員を招集して言い放った。特集、とは、毎夏恒例の怖い噂話の真相を探る、という記事だ。「ごめんなさい、郷土史部のほうの調べがあるから、お任せするわ。」郷土史研究部の部長を掛け持ちしているミナが、席を立った。「なんだよー、付き合い悪いなあ・・・」「べつに都市伝説をバカにしてる訳じゃないのよ。」「ぶーぶー」郷土史研究部が、顧問を通じて父兄から求められ、何か調べていることはアヤも聞いている。親友のミナが取材に一緒に来てくれないのがつまらないから、冗談半分にごねてみせる。「もしかしたら、こちらの調べから、特ダネをあげられるかもしれない。」「へ?」「でも、『特集』として出せるものではなくなると思う。」□少女は、救護活動をしている消防隊員の袖を引き、家族が動かせない怪我人となった事を訴えた。「S病院へ行きなさい。」すぐの助けは無理だが、応急処置に必要な包帯や薬を貰える筈だという。□「うへぇ、これは本当に出そうだね・・・」部員に写真を撮らせながら、アヤはたじろぐ。S病院の旧病棟は、数年前から使用されておらず、廃墟になっている。なるほど不気味な建物で、許可をとって中を探索すると、背筋が寒くなるような雰囲気に満ちている。変なものが映り込んだらどうしよう。三十年前、震災が起きた。その時ここに多くの被災者が運び込まれ、亡くなったために怪異が起こると伝わっている。だが病院の年老いた事務員に取材すると、あっけなく一笑に付された。「あそこは君、震災の頃は衛生材料庫だったんだよ。」「なんですそれ?」「包帯などを貯蔵しておく倉庫。」「つまり?」「君達が想像しているような、遺体を並べてあったとか、そんな場所じゃない。」「あー・・・」事実とは、いつも味気ない。期待を裏切られ、病院を後にしようとすると、ミナが中年の男女二人と旧病棟へ向かうのに行きあった。「あれっ・・・どういう事?」□少女は必死の思いで衛生材料庫にたどり着いた。包帯や薬品を受け取るために、既に大勢の被災者が並んでいる。「!」後ろから来た人が、ぶつかりそうな勢いで間隔をつめて並んでくる。少女は、驚いて身をよけ、列外にはじき出された。最初から誰もいなかったかのように列が埋まる。「・・・」列の前方で、乱れた足音が聞こえる。少女と同じようにして、男がはじき出された。その男の足元が霞んで透けていた。□「お二人とも、三十年前の震災でご家族を亡くされたの。」ミナが同行している男女を紹介した。「・・・」「こちらの方はご主人、こちらの方は娘さんを亡くされたのだけど・・・」二人とも、被災した時に重傷を負い、現場から動けなくなった。のちに救助されたが、その時助けに来た者の話をきくと、近くから遺体で見つかった家族としか思えない人物が、急を知らせていたという。似た人物なのか、本人たちがあちこち歩き回った末、現場に戻って倒れてしまったのか、気がかりで仕方ない。だが、あやふやな古い話で、どこへ調査を頼んでいいのか計り兼ねた。「それで、郷土史研が、『ご家族に似た人たち』の目撃談をたどっていたら、ここに。」□毎年、盆の季節になると、『体を残して衛生材料庫に駆けつけてしまった人達』が、その場所に集まる。あの日、そんなふうにして、ここへ来たのは総数17人にのぼった。地縛霊、などというようなものではない。ただこの時だけ、同じ体験をした者が集まり、被災時のあれやこれやを、昔話として歓談しているのだ。その年は、素敵な珍事が起きた。参集者の親族が『次第に存在の薄くなっていく人』の目撃談からその場所を探り当て、花と手紙を供えていった。顔も知らないアヤという学生が残していった手紙の、「あなた達が守ろうとしたものはちゃんと残った。たとえそうじゃなくても、突然終わってしまった生が無だとは思わない。」という一節が、少女を微笑ませた。