(うっすらネタバレあり)
演劇の私的評価は泣けたかどうかがカギを握る。本作は開演直後に「これは泣けないな」と思った。ところが、1幕終盤で不覚にも頬を涙が伝った。しかも、真鈴役の高畑充希さんでも、悟役の門脇麦さんでもなく、真悟役の成河さんのセリフでだ。2幕は泣けなかったが。
というわけで、本作の私的主演は成河さんだといいます。実際、成河さんの出演時間は高畑さんと門脇さんの合計より長いのではあるまいか(ちょっと言いすぎか)。さらに、成河さんはセリフだけでなく、シルク・ドゥ・ソレイユ的な(?)身動きを終始こなさなければならない。
原作の楳図かずおさんが公式サイトで「そして何と言っても“真悟”。どのように舞台で表現するのでしょうか。」と問うたのに対して、演出のフィリップ・ドゥクフレさんはあのような形の真悟で答えた。その演じ手に成河さんを得たのは、本作にとって何よりの幸運であった。
原作を読んでいないこともあり、終幕にかけての展開はよく理解できていない。真鈴が黒子たちに担がれて叫ぶセリフは大人への変容を受け入れたかのようでもある。その後に真悟は「真鈴が悟を今でも愛している」という「嘘」を悟に伝えようとする。一方、悟が突堤で脚をぶらつかせて座る様は子供時代の永続を示すようでもあり、海の彼方の大人の世界を見据えるようでもある。そして、真悟が最後に見たイメージは永遠の子供としての真鈴と悟だ。
よくは理解できなかったが、真悟のイメージの中でブランコをこぎ続ける真鈴と悟、そして2人の背を優しく押し続ける真悟の姿は、誰の心をもかき乱す過ぎ去った日々への追憶である。
ところで、本作は出演者にとっては過酷なものであったと推察する。役者が劇中の人物を作り上げるというより、劇中の人物という型に役者のほうが嵌まり込むことを求められている気がするからだ。その最たるものが成河さん=真悟だが、成河さんの場合は真悟を通じて結果的に自らの表現能力を示すことができるので救いがある。見ていてなんとも微妙だったのは大原櫻子さん(しずか役)で、ミュージカルだというのに彼女の歌手としての技能は完全に封印されている。舞台回し的な重要な役柄ではあるが。
高畑さんは衣装もかわいらしいので、観客は、まあ満足しただろうか。チョーヤのCMで披露した美声は、ほんの一端しか聞くことができない。門脇さんは通り一遍で終わりそうなキャラクターに彼女なりの「爪痕」を残していた気がする。
観客は20代女性が最も多かったようだ。高畑さん目当てか、はたまた大原さんファンか。